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将棋‐詰める‐持ち駒無しー成銀 「社会人の障害者であるわが子との日々(1297)」

敵陣に入ると、駒がひっくり返って、本来よりも広い動く範囲を得る。。。。。。なんて高度なルールなのだろう。

駒の性質が変わるのだ。

こういうルールを考えた人ってすごいな。

何千年もかかって進化してきたゲームなのだろう。

 次男くんのために作ったプリントです。

色に惹かれて見てくれています。

お母さんがもっと将棋を理解していれば、適切に導いてやれるのに。。

お母さんも手探りだから困ったものです。

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将棋ープリント1 「社会人の障害者であるわが子との日々(1297)」

次男に、「相手の駒を取る。」というイメージが掴めるか。。。

繰り返していくしかないですね。

持ち駒は、「金」

どこへ「金」を置けば、「玉」は行き場を失うか。

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玉の移動出来る範囲は、

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と金(成り金)の移動出来る範囲は、

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「両者の駒の移動できる範囲が重なっている部分に持ち駒を置く。」

そういう箇所は3箇所あって、どこが正解か、1箇所づつ検証して答えを探しています。

答えは真ん中。

 

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「真ん中」に「金」を置くと、「玉」が「金」を取っても、「成金」で「玉」を取って勝ち(詰み)

「玉」が逃げても、「玉」の逃げる範囲はすべて「成金」が移動できる範囲であるので勝ち(詰み)

私流の解釈です。

こういう考え方でよいのか。。。と問うとOK! という返事でした。

 

では、こういう問題をたくさん作ってください。。。。と、「次男くんに将棋を教えましょう。」と言ってくださった指導員さん、デイサービスの利用者さん達(精神障害)にお願いしました。

私が勉強しながら次男に教えようとするので、効率が悪いです。(-_-;)

 

将棋は、オセロと違って、それぞれの駒の動き方が違います。

相手陣地に入ると駒が進化して(成る)本来の駒の動きよりも広い範囲を動くことができます。

こういうルールが変化するゲームを、次男に「教えましょう。」と言った人達が、真剣に次男の認知能力の高さ、低さ、に考えを馳せてから「次男くんに将棋を教えましょう。」と言ったとは思っていません。

思っていませんが、私はこの企画に乗りました。

私が乗った以上は、笑い話では、冗談では終わらせません。

結果がどうであれ、一緒に苦しんでいただきます。

ほんの、2,3ヶ月間、申し訳程度に取り組んで、「いやぁ。。やっぱり知的障害者に将棋を教えるのは無理ですね。」と、簡単に言ったら、私は許さない。

机を蹴り上げて暴れます。

どんなに短くても1年間は取り組んでいただきます。

 

書体が違う。。。。

次男に駒の動き方を覚えさせようとしています。

次男くん、抵抗します。
どうして、私が覚えさせようとしているか。。。。。が分からないからです。


これを覚えるとね、大人っぽいゲームが楽しめるからよ。。。。
という理由を言葉で教えてやれないことがもどかしいです。

誰だって、理由無く「これをしろ。覚えなさい。」と強要されては納得できないですよね。


仕方がないので、「ま、ま、ま、ま、まぁぁぁぁぁ。。。」となだめて、なだめて、インターネット上の将棋盤の上にカーソルで○×をつけさせています。



今日は、デイサービスに到着してからスグに、プールに出かける前に、指導員さんに将棋盤と駒を使って、駒の動きを指導していただきました。


あーーーーーーーー!!

駒の書体が楷書ではありません。
サイト上では楷書です。


あーーーーーーーー!!

まいったな。


駒の書体は、私も読めない書体でした。
うううううううむむむむ。。。。。。
これは、よけいに何のことかわかりません。


前途多難です。
でも、そう簡単にはギブアップしませんよ。
デイサービスに登所するたびに毎回していただきます。

1回5分間もかからないことでも、継続すれば、何かが見えてきます。
これは、いけるかも。。。と見えてくるかもしれないし、
これは、ダメかも。。。。と見えてくるかもしれません。


でも、やってみなくてはね。
いつも、理屈は後からついてくるものだと思います。



次男にひらがなを教えいうとした時、よく、「そんなぁ。。。無理しなくても。。。。。」と言われたものです。

時間がかかりました。
実際に、次男が一気呵成にひらがなを覚えてしまったのは、小学校に入学前の2,3ヶ月間のことですが、その前の保育所時代の3年間はずっと働きかけていたように思います。
動物の調教のように叩いて、脅して教えるわけではありません。
あきらめませんでした。



私の気力、体力が当時より衰えているのが不安です。
それでも、どんなに短くても1年間は取り組む予定です。
どうして、それをわざわざブログに書くのか。


1年以内にギブアップしたくなる可能性が大きいからですよ。
やーね。

そのときに、「アンタ、1年間はがんばるって書いてたじゃん!」って思い出さないといけませんからね。



50の手習いです。
私の脳みそ、溶けてきましたよ。



10年経つと次男は33歳。
立派なおじさんです。
33歳の知的障害者が、下手でも将棋が少しわかるとどんなに素敵でしょう。
ヘルパーさん、指導員さんに関わっていただけるツールは、ひとつでも多いほうが良いです。


やっぱり、私の更年期障害は、せいぜい遅くきてもらわなくてはいけません。
明日も納豆を食べましょ。

将棋。。。。 「社会人の障害者であるわが子との日々(1297)」

次男くんに将棋を教えましょう。。。。。。

と言ってくださって、将棋盤と駒を使って、駒の動かし方を見せてくださって、「まず、各駒の動かし方を覚えてください。」となった。

インターネット上の「ハム将棋」で駒も動かし方を毎日させてみる。

駒の動かし方が正解だと将棋盤の上に○つき、間違いだと×がつく。

まずは、これの繰り返しだな。

駒の動かし方を覚えられたとして、その次は。。。。。



って、結局は、私の仕事になるのだ。

どうしたら、自分も次男も将棋を覚えられるのか。。。。て考えるのは私の仕事になるわけだ。



「次男くんに、将棋を教えましょう。」って、「どうしたら、次男くんに理解できるか。。。。」て考えたり、工夫を凝らしてくれることではないのですかね。




「定跡を覚えるしかない」と言われるので、「なにかよい本、よいサイトを教えてください。」とお願いすれば、「じゃ、私に質問してください。」と来た。

質問できるのは、かなり理解できてからのことじゃないかしら。

 

 

話が通じていませんね。

「知的障害者に将棋を教える。」ということの困難さを真剣に考えていませんね。

また、考えないで、思いつきで言葉を発しましたね。

「将来は、グループホームを作りますから、その時は入所してくださいね。」とカル~~~ク言葉にしたときと同じノリね。

幸い、次男は別の独立方法を見つけられたけれど。。。本気にしていて「いやぁ。。。グループホームは、無理ですわ。ハハハハァ(笑)。。。」なんて言われたお母さんのなかには、将来、親子無理心中する人だっているかもしれないのに。。。

それと同じことね。

将来、誰かが事件を起こしたら、私はTVのレポーターに喋っちゃうわ。

「軽々しく夢が叶うようなことを言われて。。。やがて、簡単に笑い飛ばされて。。。。絶望なさって。。。。」てね。



人は、口だけよね。
言うだけで終わり。

また、いつものパターンよね。

当たり前だけど、自分の子じゃないからね。


仕方がないか。
所詮は親しだい。
子を生かすも、殺すも、親の仕事よね。

子と心中するくらいの思い込みと覚悟がないと障害児、障害者の親は全うできませんよね。

もちろん、心中する気はサラサラないです。

障害のある子も、生きて、活きて行けるように段取りつけてから、親が先に死にます。

プロフィール

Protea Mama

Author:Protea Mama
7年余、楽天ブログを書いていました。いろいろな機能が終了になるということなので、FC2ブログに移動しました。楽天ブログには「フリーページ」があります。大変ありがたい機能ですので、楽天ブログも大事に置いておこうと思います。良かったらご覧ください。

私が「障害児の親になったのだ。」と気づいた頃は、情報を得ることが難しくて、子の将来の姿も、自分の将来の姿も想像できませんでした。どんな未来が待っているのか、不安で不安で。だれか、知らせて。だれか、見せて。。。と誰かをつかまえて訊きたかったのです。だから、今の次男の様子を書いておこうと思います。それを読んで、ガッカリする人もあるかもしれません。安心する人もあるかもしれません。ともかく、私達は今、生きています。親子無理心中事件は起こしませんでした。これからもないことを願っています。次男は、コロニーや施設ではなくて、街中で生活して、成人して、やがては老いていく初めての世代の障害者だと思います。どんな生活が有り得るのか、親亡き後の次男の生活は幸福なものになるのか。次男に親を独占されて、すね気味に大人になってしまった長男を真に解放してやることができるのか。。手探りの毎日です。

希望は強い勇気であり、新たな意志である。

すべてのことは、願うことから始まる。

我々にとって深遠なものは、逆の相の下に隠されている。生は死の下に、愛は憎しみの下に、義は罪の下に、力は弱さの下に隠されている。

いずれも、マルティン・ルター の言葉です。
私はクリスチャンではありませんが、とても良い言葉だと思います。

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