FC2ブログ

ローマ教皇が来日


ローマ教皇フランシスコ(82)が23日夕、東京の羽田空港に到着した。教皇の来日は1981年のヨハネ・パウロ2世以来、38年ぶりとなる。




私はカソリック教徒ではないので、教皇が来日してくださったありがたみがわからないのだろう。

それで、思うのだが、教皇さまは、日本よりも、香港に行ってあげてほしい。


学生達が殺害されるのではないかと、私は本気で思っている。



EJvM9jsU8AAAA6H.jpg


もっとも、もしも、教皇が香港を訪問したいと表明しても、香港政府は、教皇が搭乗している飛行機の着陸を許可しないだろうけれど。
ダメでもともとで、言葉だけで、「香港を訪問したい」と、発表してくれないだろうか。
学生達を殺害されないための、圧力にならないだろうか。





1949年 – 中華民国政府が大陸の統治を断念し、台湾に退避する。大陸では中華人民共和国が成立。その後、中国政府は宗教および政治にかかわる政策と法律を改め、教会を迫害。中国政府と香港政庁は相前後して国境を封鎖した。

1952年 – 中国政府はバチカンに対して一方的に外交関係を断絶し、反革命罪の名のもとに教皇庁駐中国大使のアントニオ・リベリをはじめ、あらゆる外国籍宣教師を国外追放した。かかる特殊な政治と社会状況において、香港教区および司教は宝安、海豊および陸豊一帯の教会業務を執行するすべがなく、加えて広州大司教区とも正常な関係を維持できなかったことから、特例として教皇庁直轄に変更となった。

1997年 – 香港返還が行われ、「一国二制度」実施のもとに、香港のカトリック教会も中国司教団には加わらず、依然として教皇庁直轄の体制となっている。


出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』




スポンサーサイト



コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

Protea Mama

Author:Protea Mama
7年余、楽天ブログを書いていました。いろいろな機能が終了になるということなので、FC2ブログに移動しました。楽天ブログには「フリーページ」があります。大変ありがたい機能ですので、楽天ブログも大事に置いておこうと思います。良かったらご覧ください。

私が「障害児の親になったのだ。」と気づいた頃は、情報を得ることが難しくて、子の将来の姿も、自分の将来の姿も想像できませんでした。どんな未来が待っているのか、不安で不安で。だれか、知らせて。だれか、見せて。。。と誰かをつかまえて訊きたかったのです。だから、今の次男の様子を書いておこうと思います。それを読んで、ガッカリする人もあるかもしれません。安心する人もあるかもしれません。ともかく、私達は今、生きています。親子無理心中事件は起こしませんでした。これからもないことを願っています。次男は、コロニーや施設ではなくて、街中で生活して、成人して、やがては老いていく初めての世代の障害者だと思います。どんな生活が有り得るのか、親亡き後の次男の生活は幸福なものになるのか。次男に親を独占されて、すね気味に大人になってしまった長男を真に解放してやることができるのか。。手探りの毎日です。

希望は強い勇気であり、新たな意志である。

すべてのことは、願うことから始まる。

我々にとって深遠なものは、逆の相の下に隠されている。生は死の下に、愛は憎しみの下に、義は罪の下に、力は弱さの下に隠されている。

いずれも、マルティン・ルター の言葉です。
私はクリスチャンではありませんが、とても良い言葉だと思います。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
カウンター
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR