FC2ブログ

喪中欠礼のハガキ

毎年、この時期になると、年末調整に必要な保険の控除の証明書が、じゅんじゅんに郵便受けに届く。

それと、「喪中につき、年末年始の挨拶は失礼させていただきます。」というハガキも届く。

今日は、友だちの友だちの旦那さん。。。。で、挨拶したことはあるけれど、お顔と名前は知っているけれど。。。という人が9月に亡くなっていたことを知った。

一人息子さんは中学生だ。
40代だと思う。
優しい笑顔のゆったりとした男性だった。

わたしたちとは違って、きっと、怒りや悔しさや妬ましさとは縁遠い生活をしてこられたのだろうなぁ。。と感じる人だった。
お育ちも良いのだろうなぁ。。と思った。
本当のところは知らないけれど、そんな雰囲気の人だった。

母と中学生の一人息子の生活になるのか。
悲しくて、お寂しいだろう。

神様か、仏様か、わからないけれど、ひどいことをするなぁ。



そうだよ。
私たちは、とっくに知っている。
神仏は、人に理解できないことをなさる。

「神は、乗り越えられない試練は、お与えにならない。」 と言う人がいるけれど、それは嘘だと知っている。
乗り越えられなくて、深淵に沈んでいく人は、多い。

明日は、私が沈むかもしれない。




なぜだ。 なぜ亡くなったのだ。
いや、そんなこと、訊かないけれど。
訊いてもしかたないし。

私は、そんなに親しくないから、友だちがお悔やみを伝えるときに、私からのお悔やみも伝えてもらおう。
でも。。。でも。。。どんな言葉がよいのか。
浮かんでこない。
呻吟している。

私は、あと20年生きなければならない。
事故ではなくて、医師から「余命は半年です。」と告げられる病がよい。
そしたら、それをきっかけに、話のネタに、お世話になった方々、これからも長男、次男がお世話になるだろう方々に、挨拶してまわるから。
遺書をもう一度確認して、借金のあるなしを確認して、借金があれば、対応を手配しなければならない。
次男の後見人も、誰かに依頼しなければならない。

長男には依頼しない。
長男を信用してないわけではない。

冷静に対処できるように、長男でないほうが良いと思う。
長男の生活に、次男の存在が、負担にならないようにしたい。
それが可能か。。。。は、大いに疑問だけれど。
私はそれを目指して段取りを整える。

「私は、余命半年です。」と言いながら交渉すると、元気でいるときに交渉するよりも、段取りを付けやすいかもしれない。
文字通り、鬼気迫る婆さんだもの。

でも、だれも、死因も余命も選べないのだ。

理不尽だ。
スポンサーサイト



テーマ : 自閉症児の親
ジャンル : 福祉・ボランティア

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

Protea Mama

Author:Protea Mama
7年余、楽天ブログを書いていました。いろいろな機能が終了になるということなので、FC2ブログに移動しました。楽天ブログには「フリーページ」があります。大変ありがたい機能ですので、楽天ブログも大事に置いておこうと思います。良かったらご覧ください。

私が「障害児の親になったのだ。」と気づいた頃は、情報を得ることが難しくて、子の将来の姿も、自分の将来の姿も想像できませんでした。どんな未来が待っているのか、不安で不安で。だれか、知らせて。だれか、見せて。。。と誰かをつかまえて訊きたかったのです。だから、今の次男の様子を書いておこうと思います。それを読んで、ガッカリする人もあるかもしれません。安心する人もあるかもしれません。ともかく、私達は今、生きています。親子無理心中事件は起こしませんでした。これからもないことを願っています。次男は、コロニーや施設ではなくて、街中で生活して、成人して、やがては老いていく初めての世代の障害者だと思います。どんな生活が有り得るのか、親亡き後の次男の生活は幸福なものになるのか。次男に親を独占されて、すね気味に大人になってしまった長男を真に解放してやることができるのか。。手探りの毎日です。

希望は強い勇気であり、新たな意志である。

すべてのことは、願うことから始まる。

我々にとって深遠なものは、逆の相の下に隠されている。生は死の下に、愛は憎しみの下に、義は罪の下に、力は弱さの下に隠されている。

いずれも、マルティン・ルター の言葉です。
私はクリスチャンではありませんが、とても良い言葉だと思います。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
カウンター
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR