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地図を持って、今日の探索

大阪市立美術館

茶臼山(1614年、大阪冬の陣では茶臼山一帯が徳川家康の本陣となり、1615年、大阪夏の陣では真田幸村の本陣になったところ。)
赤い橋を渡ってこんもりとした高台に上ります。

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安居神社(真田幸村-真田信繁 終焉の地)
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清水坂(天王寺七坂のひとつ)

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「以他力造立」
設起 肥前屋久兵衛
取次 美濃屋喜八

萬延 元年 五月   


とか、彫ってあります。


萬延元年は、(1860年) 三月に桜田門外の変 があった年。

京都の清水寺を模して建立されたために、新清水寺(しんきよみずでら)とも呼ばれる。
寛永17年(1640年)に延海阿闍梨(えんかいあじゃり)により中興された。
当寺の境内は北・西・南の三方が崖になっており、往時は大坂の街や大阪湾を見渡す眺望の地であったらしい。

現在はテラスだけで堂はない。
残念です。

もの凄く、アップダウンがある地形です。

今は住宅がひしめき合っていますが、脳内バーチャル画像で住宅を取っ払って野山にしてみると、空堀のような低い場所に足軽たちが潜んでいて槍を突き出す様子が想像できます。
馬に乗って駆け巡る武将たちも見えてくるようです。

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テーマ : 歴史
ジャンル : テレビ・ラジオ

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プロフィール

Protea Mama

Author:Protea Mama
7年余、楽天ブログを書いていました。いろいろな機能が終了になるということなので、FC2ブログに移動しました。楽天ブログには「フリーページ」があります。大変ありがたい機能ですので、楽天ブログも大事に置いておこうと思います。良かったらご覧ください。

私が「障害児の親になったのだ。」と気づいた頃は、情報を得ることが難しくて、子の将来の姿も、自分の将来の姿も想像できませんでした。どんな未来が待っているのか、不安で不安で。だれか、知らせて。だれか、見せて。。。と誰かをつかまえて訊きたかったのです。だから、今の次男の様子を書いておこうと思います。それを読んで、ガッカリする人もあるかもしれません。安心する人もあるかもしれません。ともかく、私達は今、生きています。親子無理心中事件は起こしませんでした。これからもないことを願っています。次男は、コロニーや施設ではなくて、街中で生活して、成人して、やがては老いていく初めての世代の障害者だと思います。どんな生活が有り得るのか、親亡き後の次男の生活は幸福なものになるのか。次男に親を独占されて、すね気味に大人になってしまった長男を真に解放してやることができるのか。。手探りの毎日です。

希望は強い勇気であり、新たな意志である。

すべてのことは、願うことから始まる。

我々にとって深遠なものは、逆の相の下に隠されている。生は死の下に、愛は憎しみの下に、義は罪の下に、力は弱さの下に隠されている。

いずれも、マルティン・ルター の言葉です。
私はクリスチャンではありませんが、とても良い言葉だと思います。

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