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5歳女児のノート

実の両親に虐待されて殺害された5歳の女児。
自ら目覚まし時計をセットして毎朝午前4時ごろに起床。
父親に命じられ、平仮名を書く練習をしていたという。
警視庁は、書き取り練習をしていたノートの内容の一部を明らかにした。

両親に許しを請うような内容で、鉛筆で手書きされていた。


もうパパとママにいわれなくてもしっかりとじぶんからきょうよりもっともっとあしたはできるようにするから もうおねがい ゆるして ゆるしてください おねがいします

 ほんとうにもうおなじことはしません ゆるして きのうぜんぜんできてなかったこと これまでまいにちやってきたことをなおします

 これまでどれだけあほみたいにあそんでいたか あそぶってあほみたいなことやめるので もうぜったいぜったいやらないからね ぜったいぜったいやくそくします



痛ましい。

女児の両親は、なにが不満で執拗に女児を虐待していたのか。

失業? 失業している人は、他にもたくさんいる。




次男が5歳のころ、次男は返事をしなかった。
次男は、自分自身の名前を言えなかった。
「名前」がついていることに気がついてなかったのかもしれない。
次男は、誰の名前も言えなかった。

次男は、取り留めなくて、空気の川の流れに押し流されて、姿を消すのではないか。。。。という雰囲気があった。
私は、次男が消えて無くならないように、いつも次男の腕をギュッとつかんでいた。
キレそうな私、何もかもを投げ出して、逃げ出したい私を腹の底に押さえつけながら暮らしていた。

次男に障害があっても、たくさんの人と施策に助けていただいて、健康で、職場があって、清潔で明るいアパートでキチンと生活できているので、今は、これも幸福の形のひとつかな。。。と思っているけれど、

次男の5歳のころは、”次男がふつうであったらなぁ。。”と、繰り返し、繰り返し思っていた。


もしも、悪魔が私の耳元で囁いたら、

悪魔が、「次男と他の子を取り換えてやろうか。」。。。と囁いたら、それは断ったかもしれないが、

「他の5歳児の能力と取り換えてやろうか。」と囁いたら、「頼む。」と返事をしたと思う。
次男以外の、どこかの5歳児が自閉症になっても、
私以外の母親が、私と同じ苦悩を抱えることになっても、代わってほしかった。


それほど私は追い詰められていた。
渇望していた。

私たちは、崖っぷちのギリギリを歩いていたのだ。

踏みとどまることができて、よかった。


女児の両親には、誰が何と囁いたのだろう。
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テーマ : 自閉症児の親
ジャンル : 福祉・ボランティア

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プロフィール

Protea Mama

Author:Protea Mama
7年余、楽天ブログを書いていました。いろいろな機能が終了になるということなので、FC2ブログに移動しました。楽天ブログには「フリーページ」があります。大変ありがたい機能ですので、楽天ブログも大事に置いておこうと思います。良かったらご覧ください。

私が「障害児の親になったのだ。」と気づいた頃は、情報を得ることが難しくて、子の将来の姿も、自分の将来の姿も想像できませんでした。どんな未来が待っているのか、不安で不安で。だれか、知らせて。だれか、見せて。。。と誰かをつかまえて訊きたかったのです。だから、今の次男の様子を書いておこうと思います。それを読んで、ガッカリする人もあるかもしれません。安心する人もあるかもしれません。ともかく、私達は今、生きています。親子無理心中事件は起こしませんでした。これからもないことを願っています。次男は、コロニーや施設ではなくて、街中で生活して、成人して、やがては老いていく初めての世代の障害者だと思います。どんな生活が有り得るのか、親亡き後の次男の生活は幸福なものになるのか。次男に親を独占されて、すね気味に大人になってしまった長男を真に解放してやることができるのか。。手探りの毎日です。

希望は強い勇気であり、新たな意志である。

すべてのことは、願うことから始まる。

我々にとって深遠なものは、逆の相の下に隠されている。生は死の下に、愛は憎しみの下に、義は罪の下に、力は弱さの下に隠されている。

いずれも、マルティン・ルター の言葉です。
私はクリスチャンではありませんが、とても良い言葉だと思います。

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