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開講式

「仲間つくり教室」の開講式でした。
公益財団法人大阪特別支援教育振興会


学校の始業式のように、キチンとした式をしてくださいます。
市役所の障害教育課の職員さんも来賓として参加してくださいます。
ありがたいです。

次男は、学齢期の間は、式や学校行事がとても苦手でした。
今も、苦手なのだと思いますが、開講式はとても意義深いと思います。

”始まる” という高揚感や特別感がとても大事だと思います。

「始まり」と「終わり」がハッキリわかることが、次男にはとても大切なことで、たぶん、ハッキリわかることが気持ち良いのだと思います。

いつ、始まったのか? いつ、終わったのか?
ダラダラダラ~~~と過ぎていくことが、次男を不安にさせるのだと思います。

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先生方が、式次第のプリントや、注意事項のプリントが読み上げると、次男は、指でプリントをなぞっていました。
次男は、声を出して読むのは、とても苦手ですが、文字を目で追っていたのかもしれません。
学校ぽくて、嬉しいのかもしれません。


休憩時間に、私達の後ろの席に座っている母娘に、受講生の一人が話しかけているのが聞こえました。
振り返らずに、様子を背中で聞いていました。



年配の受講生:若い受講生(女性)に向かって、「何年目ですか。」
若い受講生の母親:「2年目です。」


年配の受講生:「ああ、そうですか。僕は、33年目です。」
若い受講生の母親:「ああ、そうですか。」


年配の受講生が立ち去ったあと、若い受講生の母親達が、年配の受講生について盛んに話していた。
年配の受講生は、人恋しくて、話しかけてきたのだろうか。

若い受講生の母親達は、自分達の娘達のいまから30年が過ぎたときの姿を想像することができないようだった。
自分達も老いていくことに気がついてないようだった。


時間は残酷だ。
だれでもが、オジサン、オバサンになる。
だれでもが、老いていく。

20歳になったか、ならないかの娘は、障害があっても、なくても、かわいい。
幼さと相まって、かわいいのだけれど、やがて、誰でもが老いていく。
オバサン、オバアサン、オジサン、オジイサンになるのだ。

そして、世間一般から見れば、障害者は、その親が思うほどには、可愛くない。
成人し、30歳、40歳、50歳  と、歳を重ねていけば、なおさらに。

それに気がついていたら、言わないだろうなぁ。。。と思われる言葉がたくさん聞こえてきた。
”あなたの娘さんも、歳をとるのだよ。。。”  気がついてないの?


さて、次男は、どんなオジイサン障害者になるのだろうか。




次男は、今も自分から誰かに話しかけることはない。

年配になったら尚更に、自分からだれかに話しかけることはないだろう。
ヘルパーさんや指導員さんから次男に話しかけてくれなければ、一日中、誰とも話さない日もあるかも知れない。
目を離すと危ないことをしたり、徘徊してしまう障害者は、手をかけてもらえるけれど、静かで、危なくない障害者は、放っておかれることが多いのだ。

それは、かわいそうだなぁ。。
そのころ、私はとっくに死んでいるだろう。

誰か、オジサン、オジイサンになった次男に、話かけてやってほしい。
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テーマ : 自閉症児の親
ジャンル : 福祉・ボランティア

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プロフィール

Protea Mama

Author:Protea Mama
7年余、楽天ブログを書いていました。いろいろな機能が終了になるということなので、FC2ブログに移動しました。楽天ブログには「フリーページ」があります。大変ありがたい機能ですので、楽天ブログも大事に置いておこうと思います。良かったらご覧ください。

私が「障害児の親になったのだ。」と気づいた頃は、情報を得ることが難しくて、子の将来の姿も、自分の将来の姿も想像できませんでした。どんな未来が待っているのか、不安で不安で。だれか、知らせて。だれか、見せて。。。と誰かをつかまえて訊きたかったのです。だから、今の次男の様子を書いておこうと思います。それを読んで、ガッカリする人もあるかもしれません。安心する人もあるかもしれません。ともかく、私達は今、生きています。親子無理心中事件は起こしませんでした。これからもないことを願っています。次男は、コロニーや施設ではなくて、街中で生活して、成人して、やがては老いていく初めての世代の障害者だと思います。どんな生活が有り得るのか、親亡き後の次男の生活は幸福なものになるのか。次男に親を独占されて、すね気味に大人になってしまった長男を真に解放してやることができるのか。。手探りの毎日です。

希望は強い勇気であり、新たな意志である。

すべてのことは、願うことから始まる。

我々にとって深遠なものは、逆の相の下に隠されている。生は死の下に、愛は憎しみの下に、義は罪の下に、力は弱さの下に隠されている。

いずれも、マルティン・ルター の言葉です。
私はクリスチャンではありませんが、とても良い言葉だと思います。

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