赤飯

時々、赤飯を買う。

自分で炊くときは、簡単に炊くことができる「お米と一緒に炊くだけ」とか書いてある小豆の水煮を選ぶ。
横着者です。

で、何で赤飯か。

2017-2-8-1



お祝い事があったからではなくて、「お祝い事」を起こしたいから。
ちょっと気持ちが沈んだ時に、”あ、どっこいしょ!”と自分に声をかけて赤飯を買っている。

息子たちは健康で、なんとか生活できている。

次男なんて、”なんとか。。。”というレベルじゃないと思う。
人に恵まれ、場所に恵まれて、障害者でありながら、教育と訓練を受けて、気持ち良く生活できている。
次男の幸運は、奇跡のレベルではないかと思う。


これ以上の何を望むのか?

それは、障害者であろうと、なかろうと、日本人の寿命が長いから。
私でさえも、今から死ぬまでが長い。

今、現在の幸運がいつまで続くのか。
そんなことは誰にもわからない。

単純に資産や貯蓄を月割りにして、何か月分、何年分の生活費がある。。。。とかはわかるけれど。
それもかなり心もとない数字だから、私は、深刻な病気になったら、高度先進医療なんて全く関係ないところで、即、死ななくてはならないと決めている。
自分で決めたようになるか、どうかは、わからないけれど、ともかく、決めている。


それとは別のところに、「幸せの要素」がある。
息子たちのために、「幸せの要素」をチマ、チマ、チマ。。。と確保していく。

で、赤飯を食べたくなるの。

思い込みと気合いだけで生きている私。
もう少し、がんばる。

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テーマ : 自閉症児の親
ジャンル : 福祉・ボランティア

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プロフィール

Protea Mama

Author:Protea Mama
7年余、楽天ブログを書いていました。いろいろな機能が終了になるということなので、FC2ブログに移動しました。楽天ブログには「フリーページ」があります。大変ありがたい機能ですので、楽天ブログも大事に置いておこうと思います。良かったらご覧ください。

私が「障害児の親になったのだ。」と気づいた頃は、情報を得ることが難しくて、子の将来の姿も、自分の将来の姿も想像できませんでした。どんな未来が待っているのか、不安で不安で。だれか、知らせて。だれか、見せて。。。と誰かをつかまえて訊きたかったのです。だから、今の次男の様子を書いておこうと思います。それを読んで、ガッカリする人もあるかもしれません。安心する人もあるかもしれません。ともかく、私達は今、生きています。親子無理心中事件は起こしませんでした。これからもないことを願っています。次男は、コロニーや施設ではなくて、街中で生活して、成人して、やがては老いていく初めての世代の障害者だと思います。どんな生活が有り得るのか、親亡き後の次男の生活は幸福なものになるのか。次男に親を独占されて、すね気味に大人になってしまった長男を真に解放してやることができるのか。。手探りの毎日です。

希望は強い勇気であり、新たな意志である。

すべてのことは、願うことから始まる。

どちらの言葉も、マルティン・ルター の言葉です。
私はクリスチャンではありませんが、とても良い言葉だと思います。

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