新成人を祝う会

本当に寒い日でした。
講堂の中で長椅子に座ると足元から冷えが上がってきました。

先生方が早くきて長椅子を並べて下さっているのです。
ありがたいです。
誰もいない講堂の冷たさを想像して凍えました。

今年の新成人は11人でそのうち9人が参加されました。
幼いころからの写真が投影されて、ご家族が説明とコメントをされました。
「この人のおかげで、いろいろな場所や人と出会うことが出来ました。」と言われたお母さんがおられました。


”ああ、そうか。そうだったなぁ。。”

忘れていた気持ちを思い出しました。


2017-1-15-10

2017-1-15-11

次男が成人式を迎えたとき、感激したなぁ。

思い詰めていた時期もあったので、大袈裟に言うのではなくて、子を殺さないですんでよかった。
健康で、気持ちの優しい子を、どうしてなのか、普通くらいの能力に生んでやれなかった。
それがつらくてならなかった。

出口が見つからなくて、無理やりに出口を作りたいと、毎日、毎日、思っていた。
自分のつらさが、世界で一番つらいことのように思い込んでいたから。





セレモニーは、「待つ時間」が生じるので、つらいと感じることもあります。

でも、こうやって式次第があることで、日常ではない「特別な感じ」が生まれます。
これは特別なことで、自分は特別にお祝いをしてもらってよい人なのだと気づくと思います。

成人式を迎える本人だけではなくて、壇の下から見上げているお祝いする側の受講者も、毎年の経験を重ねることで、自分達は成人したことをお祝いされてよい人なのだと繰り返し気がつくのだと思います。

時々忘れてしまうけど、誰だって”特別な人”です。
それに気づいてほしいです。


これは、家族だけではしてやれないことです。
来賓の先生方、指導員の先生方、ありがとうございます。
予算を出してくれている大阪市、ありがとうございます。

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テーマ : 自閉症
ジャンル : 福祉・ボランティア

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Protea Mama

Author:Protea Mama
7年余、楽天ブログを書いていました。いろいろな機能が終了になるということなので、FC2ブログに移動しました。楽天ブログには「フリーページ」があります。大変ありがたい機能ですので、楽天ブログも大事に置いておこうと思います。良かったらご覧ください。

私が「障害児の親になったのだ。」と気づいた頃は、情報を得ることが難しくて、子の将来の姿も、自分の将来の姿も想像できませんでした。どんな未来が待っているのか、不安で不安で。だれか、知らせて。だれか、見せて。。。と誰かをつかまえて訊きたかったのです。だから、今の次男の様子を書いておこうと思います。それを読んで、ガッカリする人もあるかもしれません。安心する人もあるかもしれません。ともかく、私達は今、生きています。親子無理心中事件は起こしませんでした。これからもないことを願っています。次男は、コロニーや施設ではなくて、街中で生活して、成人して、やがては老いていく初めての世代の障害者だと思います。どんな生活が有り得るのか、親亡き後の次男の生活は幸福なものになるのか。次男に親を独占されて、すね気味に大人になってしまった長男を真に解放してやることができるのか。。手探りの毎日です。

希望は強い勇気であり、新たな意志である。

すべてのことは、願うことから始まる。

どちらの言葉も、マルティン・ルター の言葉です。
私はクリスチャンではありませんが、とても良い言葉だと思います。

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