今がある幸福

次男の背中を追いかけて、ウォーキングできる幸福に感謝。

2016-8-6-1

今日は、広島に原子爆弾が落とされた日。
当時を知る方々が、「地獄絵図だった。。。」と言っておられる。

広島市HPに、

原爆によって死亡した人の数については、現在も正確にはつかめていません。しかし、放射線による急性障害が一応おさまった、昭和20年(1945年)12月末までに、約14万人が死亡したと推計されています。

とある。

つい先日も、「炭のようになった少年の遺体の写真は、原爆投下当時、学生であった兄だと思う。」。。という新聞記事があった。
今も、肉親の足跡をたどり、どこに埋葬されたのかを調べようとしている人達がたくさん居られるのだろう

当時を知る人達は、皆、高齢になられた。
どれだけ時間が経っても、それでも、忘れられない。
忘れてはいけないと思っておられる。
亡くなった大事な人達の冥福を祈りながら毎日を送って居られる。

その心情を想像できるわけはないけれど、わたしも遠くから祈ろう。

当時、既に、敗戦色が濃かったはずの日本に2つの原子爆弾が落とされたのは、「戦争の終結を早め、多くの人々の命を救うため。」ではなくて、「原子爆弾を落として、どうなるのか観察したかった。」という好奇心と、戦後のパワーバランスを睨んで、国力を誇示したかったのだと思う。
人類、地球環境にたいする冒涜だと思う。

けれど、戦勝国に執拗に謝罪を求め続けるのは、すこしづつピントがはずれて行くように思う。
戦時は、5人の自国民を救うために、500人、5000人の敵国民を殺害しても、正義なのだと思う。
戦争とはそういうものだと思う。
だから、戦争はしてはいけないのだと思う。

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テーマ : 自閉症児の親
ジャンル : 福祉・ボランティア

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Protea Mama

Author:Protea Mama
7年余、楽天ブログを書いていました。いろいろな機能が終了になるということなので、FC2ブログに移動しました。楽天ブログには「フリーページ」があります。大変ありがたい機能ですので、楽天ブログも大事に置いておこうと思います。良かったらご覧ください。

私が「障害児の親になったのだ。」と気づいた頃は、情報を得ることが難しくて、子の将来の姿も、自分の将来の姿も想像できませんでした。どんな未来が待っているのか、不安で不安で。だれか、知らせて。だれか、見せて。。。と誰かをつかまえて訊きたかったのです。だから、今の次男の様子を書いておこうと思います。それを読んで、ガッカリする人もあるかもしれません。安心する人もあるかもしれません。ともかく、私達は今、生きています。親子無理心中事件は起こしませんでした。これからもないことを願っています。次男は、コロニーや施設ではなくて、街中で生活して、成人して、やがては老いていく初めての世代の障害者だと思います。どんな生活が有り得るのか、親亡き後の次男の生活は幸福なものになるのか。次男に親を独占されて、すね気味に大人になってしまった長男を真に解放してやることができるのか。。手探りの毎日です。

希望は強い勇気であり、新たな意志である。

すべてのことは、願うことから始まる。

どちらの言葉も、マルティン・ルター の言葉です。
私はクリスチャンではありませんが、とても良い言葉だと思います。

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