新撰組壬生屯所遺蹟-八木家

四条大宮の交番で壬生寺への道順を尋ねたら、とてもわかりやすく教えてくださった。

二つ目の信号を左へ。
徒歩10分くらい。


壬生寺にたどりつく前に、まずは、新撰組壬生屯所遺蹟-八木家

感じのよい和菓子屋さんの角を曲がると、石畳のさきに八木家

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右にある和菓子屋さんで拝観券を求めるように書いてあります。

ガイドの説明があって、見学のあとでお抹茶とお菓子がついて1000円。

あとでおしえてもらったのですが、このお店は八木家の現当主が大阪の御菓子屋さんで修行して開いたお店だそうです。
もとは、八木家の離れがあった場所で、身分の低い土方歳三らが宿舎としていたそうです。







八木家は壬生の郷氏です。


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母屋は、芹澤鴨ら京都に来る以前から、もともと士分であった者の宿舎であったそうです。
そして暗殺現場です。
ガイドさんの解説を畳に座って聞きます。
芹澤鴨ら4名の血の海になった場所です。
鴨居に刀傷があります。
明治期までは、天井板に血しぶきが見えたそうです。(現当主のお祖母さまの記憶)

八木家HP

現在もこの地に住まいし、歴史的建造物を維持しながら暮らすのはご苦労が多いことだろうと思われます。
同じく隊士の宿舎となった前川家が、八木家のすぐ前にありますが、土地家屋が他者に渡り、旧前川家という表示です。
染め物業者の表示がありました。

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京都 清宗根付館
こちらも所有者が変わっています。


壬生寺



JR丹波口駅に「朱雀大路」の銘板があります。

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島原西門跡、角屋、輪違屋、島原大門に、ポコポコ歩いていける距離です。
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島原の大門(おおもん) :かつての花街の名残を示す数少ない遺構の一つで、慶応3年(1867年)に再建されたもの。
芹澤鴨暗殺は1863年

角屋保存会
現在は休館中(12/16-3/14)
次の公開は、平成28年3月15日-7月18日

輪違屋
輪違屋は営業中の店であるため、非公開。
「観覧謝絶」の札かけてあります。
客として訪れる事は可能でしょうが、「一見さんおことわり」の店。
日本でただ一軒、大夫さんがいるお店です。
太夫さんをみてみたいです。


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Protea Mama

Author:Protea Mama
7年余、楽天ブログを書いていました。いろいろな機能が終了になるということなので、FC2ブログに移動しました。楽天ブログには「フリーページ」があります。大変ありがたい機能ですので、楽天ブログも大事に置いておこうと思います。良かったらご覧ください。

私が「障害児の親になったのだ。」と気づいた頃は、情報を得ることが難しくて、子の将来の姿も、自分の将来の姿も想像できませんでした。どんな未来が待っているのか、不安で不安で。だれか、知らせて。だれか、見せて。。。と誰かをつかまえて訊きたかったのです。だから、今の次男の様子を書いておこうと思います。それを読んで、ガッカリする人もあるかもしれません。安心する人もあるかもしれません。ともかく、私達は今、生きています。親子無理心中事件は起こしませんでした。これからもないことを願っています。次男は、コロニーや施設ではなくて、街中で生活して、成人して、やがては老いていく初めての世代の障害者だと思います。どんな生活が有り得るのか、親亡き後の次男の生活は幸福なものになるのか。次男に親を独占されて、すね気味に大人になってしまった長男を真に解放してやることができるのか。。手探りの毎日です。

希望は強い勇気であり、新たな意志である。

すべてのことは、願うことから始まる。

どちらの言葉も、マルティン・ルター の言葉です。
私はクリスチャンではありませんが、とても良い言葉だと思います。

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