「あさが来た」-大阪城炎上

先日、「大阪城、燃えてたでぇ~~~」と、声をかけられたので、「なんのこっちゃ????」と思ったら、

NHKの朝ドラで、燃えてました。

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この距離なら、炎上の煙が目視できたでしょうね。


古地図--土佐掘通り


江戸末期、慶応3年12月9日(1868年1月3日)に発せられた王政復古の大号令の後、二条城から追われた前将軍徳川慶喜が大坂城に移り、居城していたが、慶応4年1月3日(1868年1月27日)、旧幕府軍の鳥羽・伏見の戦いでの敗北によって慶喜は船で江戸へ退却し、大坂城は新政府軍に開け渡された。この前後の混乱のうちに出火し、御殿や外堀四、五、七番櫓など城内の建造物のほとんどが焼失した。



天守閣のポスターに大坂城炎上の錦絵があったので、パチリ!

小林清親の絵(版画)つながりで、見に行こうかな。

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テーマ : 歴史
ジャンル : テレビ・ラジオ

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Protea Mama

Author:Protea Mama
7年余、楽天ブログを書いていました。いろいろな機能が終了になるということなので、FC2ブログに移動しました。楽天ブログには「フリーページ」があります。大変ありがたい機能ですので、楽天ブログも大事に置いておこうと思います。良かったらご覧ください。

私が「障害児の親になったのだ。」と気づいた頃は、情報を得ることが難しくて、子の将来の姿も、自分の将来の姿も想像できませんでした。どんな未来が待っているのか、不安で不安で。だれか、知らせて。だれか、見せて。。。と誰かをつかまえて訊きたかったのです。だから、今の次男の様子を書いておこうと思います。それを読んで、ガッカリする人もあるかもしれません。安心する人もあるかもしれません。ともかく、私達は今、生きています。親子無理心中事件は起こしませんでした。これからもないことを願っています。次男は、コロニーや施設ではなくて、街中で生活して、成人して、やがては老いていく初めての世代の障害者だと思います。どんな生活が有り得るのか、親亡き後の次男の生活は幸福なものになるのか。次男に親を独占されて、すね気味に大人になってしまった長男を真に解放してやることができるのか。。手探りの毎日です。

希望は強い勇気であり、新たな意志である。

すべてのことは、願うことから始まる。

どちらの言葉も、マルティン・ルター の言葉です。
私はクリスチャンではありませんが、とても良い言葉だと思います。

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