京都 東寺--羅城門跡--西寺跡

次男は、4:04にはすでに起きていました。
次男のエネルギーをきちんと消化させなければなりません。
でないと、体の中からブスブスと腐ってしまうのではないか。。。。と、そんなイメージがあります。
だから、今日も出かけましょう。

ものすごく暑い日に、ものすごく暑い京都を散策しました。

東寺には、近鉄電車 京都線 東寺駅が最寄りの駅です。
わかりやすい。
見つけやすいです。
時代劇でも、現代劇でもよく撮影場所になるそうです。


京都 東寺 は、「教王護国寺」
平安京鎮護のために建立された官寺。

創建年
延暦15年(796年)

開基
桓武天皇

五重塔は826年弘法大師によって建立着手され、その後4度の焼失
に遭い、現在の塔は1644年徳川家光の寄進によって再建された
総高55mの、日本の木造塔では最高の塔である。

京都のシンボルタワーになっています。
新幹線とかに乗って東の方へ出かけたおりは、この五重塔が視界に入った時に、「ともかく京都までは帰ってきたよ。もう少しでお家に帰れるよ。」と思うのです。

五重塔から人がたくさん出てこられたので、「あら!?公開してるのか!?」と駆けて行ってみたのですが、警備員さんに、「申し訳ない。一般公開はしていません。前もって申込みのある方だけです。」とのこと。
バスでこられた団体客さんたちでした。
あら、残念でした。



2015-7-13-5-2


2015-7-12-5-1


金堂は796年に建立されたが、1486年に焼失し、現在の金堂は豊臣秀頼によって1603年再建されたものである。
1603年と言えば、徳川幕府が成立したと歴史の教科書で習いました。
徳川幕府が成立した当時でも、まだまだ豊臣は莫大な資力をもっていたのですね。


何度かの火災を経て、東寺には創建当時の建物は残っていないそうです。
木造建築だしね。
当時は避雷針がないから落雷が頻繁にあったでしょうし。
なにせ、他に高い建物が皆無だし。

南大門・金堂・講堂・食堂(じきどう)が南から北へ一直線に整然と並ぶ伽藍配置や、各建物の規模は平安時代のまま。







夜叉神堂
食堂の前にふたつの小堂の後ろ側が見えます。
境内図に名称がありません。

これはなに???
 
2015-7-13-5-4

2015-7-13-5-5
2015-7-13-5-3

格子に顔を寄せて中を覗いてみると、あまりの異形に絶句した。

パンフレットより

雄夜叉像-本地文殊菩薩  左側(向かって右側・東側)には阿形像
2015-7-12-5-7

雌夜叉像-本地虚空蔵菩薩  右側(向かって左側・西側)には吽形像
2015-7-12-5-6

数々の穴は、虫が巣食ったのだろうか。
腕は、抜け落ちたのか、もぎ取られたのか、誰かが薪にしたのだろうか。
転がった木材は、菩薩の腕ではなくて、薪に見えたのだ。
暖をとるための薪になって誰かを救ったかもしれない。

次男とふたりで、釘付けになった。
神々しいとは言わない。
言えない。
1000年の時を経るとはこういうことなのだ。
1000年の時を経て、こんなにも形を変えながらも、虚空蔵菩薩と文殊菩薩が揃って存在していることに、並々ならぬものを感じた。

生まれ干支でいうと、虚空蔵菩薩と文殊菩薩は、長男と次男の守り本尊 だそうだ。
だから、何?  てことだけど。
少子高齢化で税金を納める人口が確実に減ることが決定的な未来が待っている。
あと50年くらいの寿命があるであろう長男、次男を想うと、どんなスタイルで生活できるのだろうか。。。と思うのだ。
護り給え。導き給え。。。と言葉に出しちゃうよ。
でも、それだけなんだけど。


「金堂」には、金色に輝く美しい「薬師三尊像」。

「講堂」には、21体の仏像のうち16体が国宝に指定されている立体曼荼羅。
寺社建築の天井や壁は、ブロックパズルのように組み合わされた「木組み」でできています。
とても複雑で見飽きません。


--------------------------
--羅城門跡
なんと、児童公園の中に石碑がありました。

わびし過ぎ。
2015-7-12-3-1

2015-7-12-3-2

2015-7-12-3-3

2015-7-12-4-1


2015-7-13-4-2




映画の「羅生門」が好きで、「羅城門跡」って、今、どうなっているのかなぁ。。。。と気になっていたのでした。
見てみたかったのでした。

---------------------------
--西寺跡
創建当時は東寺とともに威容を誇ったらしいが、現在ものこる東寺とは対照的に早くから廃れたとのこと。
何度か火災に遭い
正暦元年(990年)に火災があった。再建された塔が天福元年(1233年)に再び焼失、以降に廃寺になったと考えられている。

公園の中に高台が造ってあって、大きなクスノキが2本。
この下に講堂跡があるらしい。
それらしい石が2個。

2015-7-12-3-4

2015-7-13-3-5

2015-7-13-3-6


帰路は京都市バスに乗って「東福寺駅」へ。
バスの車中は冷房が効いていて生き返りました。
次男くん、居眠りしていました。
4:00から起きているからだよ。

四条に行って遅いお昼ご飯を食べました。
おいしかった!!

猛烈に暑い日でしたが、凍らせた500mmのペットボトルをタオルで首に巻きつけて暑さをしのぎました。
ちょっとカッコ悪かったけれど、これが一番冷たさが長持しました。
ネックバンド用の保冷剤なんてすぐに溶けてしまいました。
それくらい厚い日でした。


夜、就寝前に本を読みます。
小学校低学年くらいの子が読む本です。
次男がニコニコして聴いてくれます。
そしてコトン!と眠りに落ちました。
ありがたいです。

次男の中に、なんの澱も溜まっていないことを願う。
ずっと、気持ちの中に濁ったものが浮かんでこないといいなぁ。

次男は、これから30歳を過ぎて、40歳を過ぎて、50歳を過ぎて、60歳を過ぎて、70歳を過ぎるくらいまでは、ごく普通に健康に生きていくと思います。
誰だってそうだけど、次男は特に、助けてもらわねば生きていけません。
助けてくださる人が、「次男の助けになるのはうれしいなぁ。」と思ってくださったら、次男もうれしいよね。
どうしたら、そんな人になれるのかなぁ。

スポンサーサイト

テーマ : 自閉症
ジャンル : 福祉・ボランティア

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

Protea Mama

Author:Protea Mama
7年余、楽天ブログを書いていました。いろいろな機能が終了になるということなので、FC2ブログに移動しました。楽天ブログには「フリーページ」があります。大変ありがたい機能ですので、楽天ブログも大事に置いておこうと思います。良かったらご覧ください。

私が「障害児の親になったのだ。」と気づいた頃は、情報を得ることが難しくて、子の将来の姿も、自分の将来の姿も想像できませんでした。どんな未来が待っているのか、不安で不安で。だれか、知らせて。だれか、見せて。。。と誰かをつかまえて訊きたかったのです。だから、今の次男の様子を書いておこうと思います。それを読んで、ガッカリする人もあるかもしれません。安心する人もあるかもしれません。ともかく、私達は今、生きています。親子無理心中事件は起こしませんでした。これからもないことを願っています。次男は、コロニーや施設ではなくて、街中で生活して、成人して、やがては老いていく初めての世代の障害者だと思います。どんな生活が有り得るのか、親亡き後の次男の生活は幸福なものになるのか。次男に親を独占されて、すね気味に大人になってしまった長男を真に解放してやることができるのか。。手探りの毎日です。

希望は強い勇気であり、新たな意志である。

すべてのことは、願うことから始まる。

どちらの言葉も、マルティン・ルター の言葉です。
私はクリスチャンではありませんが、とても良い言葉だと思います。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
カウンター
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR