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現金の影響力

先日、不動産売却の現場に立ち会った。

売主が青年だったので、おばはんの私が補佐として立ち会うことになったのだ。
私は、勤務している会社の給与その他の支払をしているので、金額の単位には驚かないけれど、それは銀行を通して数字を動かすだけで、現金を目にすることはない。

当日は、司法書士、不動産会社、売主の青年、私が銀行から借りた個室で向かい合った。
ブロック(レンガ)状の現金がテーブルの上に置かれた。
署名、押印のあと、ブロックを持って窓口で入金を依頼すると、入金機のカードを渡された。
職員が立ち会ったけれど、基本的にお金の所有者が作業することになっているようで、職員は現金に触れようとしない。
仕方がないので、青年と私がブロックの封を切り、それぞれの束の封も切って入金機に入れた。
一度に500枚まで入れることができる入金機を複数回作動させた。

カタカタカタ。。。。。。カタカタカタ。。。。

入金機は、カウンターが時々止まって小休止しながら投入したお札を数えていた。
すべて数え終わったら、ペロ~~~とレシートを吐き出した。
処理が終わった。

入金機をロビーから隔てているドアを開けると、複数名の職員が待ち構えていた。
何事かと思うと、支店長と地域担当者だった。
ご挨拶をさせてほしい。。。と言った。



なるほど。
現金を見た職員が支店長に連絡をしたのだ。
私はこの銀行のこの支店に口座を開いて30年くらいになるけれど、支店長の顔を初めて見た。
支店長に、「ご挨拶させていただいてよろしいでしょうか。」と言われたのは、初めてだった。


現金の持ち主は若年であるので、職員は私に向かって話してくる。
私は、支店長の慇懃な挨拶を黙って聞いた。
青年も、黙って聞いていた。



別室に案内しようとするのを断った。
なんだかね。

ごく普通に(普通という言葉の定義は不確かだけど)月給をもらって、銀行に振り込まれて、そこから電気や水道料金を自動引き落としにして、ローンを払い。。。。して生活している人がたくさんいるからこそ、銀行というお商売が成り立っているのですよ。
たまたま大きなお金を目に見える方法で動かしたときだけ挨拶されてもね。
気持ちが大幅に引いたわ。

青年と銀行の間に立って、ちょっと嫌味の一言、二言、三言 を言ってしまいたい気分になったけれど、私のお金ではないのでやめておいた。

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テーマ : 自閉症児の親
ジャンル : 福祉・ボランティア

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プロフィール

Protea Mama

Author:Protea Mama
7年余、楽天ブログを書いていました。いろいろな機能が終了になるということなので、FC2ブログに移動しました。楽天ブログには「フリーページ」があります。大変ありがたい機能ですので、楽天ブログも大事に置いておこうと思います。良かったらご覧ください。

私が「障害児の親になったのだ。」と気づいた頃は、情報を得ることが難しくて、子の将来の姿も、自分の将来の姿も想像できませんでした。どんな未来が待っているのか、不安で不安で。だれか、知らせて。だれか、見せて。。。と誰かをつかまえて訊きたかったのです。だから、今の次男の様子を書いておこうと思います。それを読んで、ガッカリする人もあるかもしれません。安心する人もあるかもしれません。ともかく、私達は今、生きています。親子無理心中事件は起こしませんでした。これからもないことを願っています。次男は、コロニーや施設ではなくて、街中で生活して、成人して、やがては老いていく初めての世代の障害者だと思います。どんな生活が有り得るのか、親亡き後の次男の生活は幸福なものになるのか。次男に親を独占されて、すね気味に大人になってしまった長男を真に解放してやることができるのか。。手探りの毎日です。

希望は強い勇気であり、新たな意志である。

すべてのことは、願うことから始まる。

我々にとって深遠なものは、逆の相の下に隠されている。生は死の下に、愛は憎しみの下に、義は罪の下に、力は弱さの下に隠されている。

いずれも、マルティン・ルター の言葉です。
私はクリスチャンではありませんが、とても良い言葉だと思います。

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