FC2ブログ

池宮彰一郎「その日の吉良上野介」

そういうことだったかもしれない。

そう思えます。

そうかもしれない。


ラジオ文芸館より

世に知られた赤穂浪士討ち入り事件。
そもそもなぜ浅野内匠頭は吉良上野介に切りつけたのか。上野介の脳裏に、ふと内匠頭刃傷の日のある光景がよみがえった。あの日、内匠頭は浅野家に伝わる天下の名器を手にし、思いつめた表情で上野介を呼び出していた…。
「すべては行き違いだったのだ」上野介がそう思い当たったのは12月13日、赤穂浪士が吉良邸への討ち入りを果たす前日であった。 




こういうことは、きっとたくさんあると思う。
いつの時代でも、誰と誰の間でも。

思い違いが重なって、真意が伝わらなくて。
言葉が足りなくて、誤解されて。
それで取り返しがつかないほどの大事件になったり、苦境に陥ったり。





ああ、いやだ、いやだ。
そうならないで済ませることはできないのだろうか。
できたらいいのに。

とてもできないと思う。
だから、嫌われていいじゃないか。。。委細かまわず。自分のなすべきことをしよう。。。と思う。


で、

松の廊下。。。

「上野介!覚えたか!」

「殿中でござるぞ!殿中でござるぞ!」

じゃぁ。。。たまらないね。
スポンサーサイト



テーマ : 時代小説
ジャンル : 小説・文学

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

Protea Mama

Author:Protea Mama
7年余、楽天ブログを書いていました。いろいろな機能が終了になるということなので、FC2ブログに移動しました。楽天ブログには「フリーページ」があります。大変ありがたい機能ですので、楽天ブログも大事に置いておこうと思います。良かったらご覧ください。

私が「障害児の親になったのだ。」と気づいた頃は、情報を得ることが難しくて、子の将来の姿も、自分の将来の姿も想像できませんでした。どんな未来が待っているのか、不安で不安で。だれか、知らせて。だれか、見せて。。。と誰かをつかまえて訊きたかったのです。だから、今の次男の様子を書いておこうと思います。それを読んで、ガッカリする人もあるかもしれません。安心する人もあるかもしれません。ともかく、私達は今、生きています。親子無理心中事件は起こしませんでした。これからもないことを願っています。次男は、コロニーや施設ではなくて、街中で生活して、成人して、やがては老いていく初めての世代の障害者だと思います。どんな生活が有り得るのか、親亡き後の次男の生活は幸福なものになるのか。次男に親を独占されて、すね気味に大人になってしまった長男を真に解放してやることができるのか。。手探りの毎日です。

希望は強い勇気であり、新たな意志である。

すべてのことは、願うことから始まる。

我々にとって深遠なものは、逆の相の下に隠されている。生は死の下に、愛は憎しみの下に、義は罪の下に、力は弱さの下に隠されている。

いずれも、マルティン・ルター の言葉です。
私はクリスチャンではありませんが、とても良い言葉だと思います。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
カウンター
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR