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オペラ鑑賞 「障害児の親として(10946)」

オペラを上演する会場に到着するまでにスッタモンダがありましたが、無事到着。

一部のメサイヤから鑑賞させていただくと、次男の我慢が続かないと思われるので、2部が始まるまで時間を潰すことにしました。
夕食の時間の前に家を出てきたので、和風レストランに次男を誘いました。
次男は「きつねうどん」を選びました。
次男と外食は久しぶりです。

次男は毎昼食が外食ですからもう慣れた雰囲気でテーブルに着きました。
落ち着いています。
きつねうどんがテーブルに配膳されると、おもむろに割り箸を割って

いただきます

と低い声で言いました。

次男くん、カッコイイね(私はこの褒め言葉を次男にほぼ毎日言います。)

と言ってやると、

うん。

ですって。笑わすね、コイツは。

2部の「最後の晩餐」が始まりました。
私達は最前列に座りました。
オーケストラピットがすぐ前にありました。
オペラの幕が上がると、私達はすぐにN君を見つけました。
次男に

ほら、N君だよ。わかる?

と言うと、

うん。
と答えて、私を見返して、

し~~~!
と言いました。
ごめんね、次男くん。

オペラは初めて見ますし、イタリア語はわかんないです。
日本語訳が字幕で出ていましたその日本語も難解でした。
次男が最後まで見ていられるかどうか心配でした。
モゾモゾし出したらホールを出ようと決めていました。

オーケストラの生演奏。
ユダ役とマタイ役の歌手の美声
素養がなくても引き込まれました。

舞台上ではアトリエのメンバーが機織る人々を演じています。
指導員の方々がそれとはわからないようにサポートしていました。
メンバーの表情に不安はありませんでした。
最後近くでユダが歌い上げるシーンでは、機織る人々がユダに注目して指をさしました。
動きにぎこちなさはまったくありませんでした。

機織る人々が織った布(さをり織り)はイエス・キリストの遺骸を包む聖布になりました。
舞台製作者の思い入れを想いました。
”ああ、そうか。どうしても彼らを配役したかったのだ”と思いました。

フィナーレでは、オーケストラ、舞台に再び現れた歌手、俳優に惜しみない拍手が送られました。
次男も私も両手を高く上げて拍手しました。
舞台のN君に向かって

N君、わかる~~!!ここだよ!!
次男くんとオバチャンだよ~~!!
N君の晴れ舞台、しかと見届けたよ~~!!


声に出しませんが、絶叫しました。
N君は”お!”という表情をしてから困ったような顔をしました。
そして、腕を下げたまま、手の平だけフリフリしてくれました。

ごめんね、N君。タハハ。
オバチャン、興奮し過ぎました。

次男はホールで販売してしていたさをり織りの製品のなから可愛い小さいヌイグルミを選びました。
Nくんのお母さんが、次男にひとつプレゼントしてくれることになったのです。

次男は、

こっちだな

と言って選びました。

次男は帰り道、時々それを手提げ袋からだして、眺めて振っていました。

ヌイグルミには鈴が入っていて振ると鳴ります。
本当は、乳幼児にあげるガラガラなのです。
あいかわらず、可愛いものスキです。

帰宅すると、自分のベッドに他のお気に入りといっしょに並べました。
今日は良い一日でしたね、次男くん。
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Re:オペラ鑑賞(11/18)

障害児教育学科に通う 大学生の娘も がんばっています。拡がる可能性にきたいしたいですね

Re[1]:オペラ鑑賞(11/18)

りきkkぱぱさん
>障害児教育学科に通う 大学生の娘も がんばっています。拡がる可能性にきたいしたいですね
-----
舞台に出そうと思う舞台監督もお母さん達もチャレンジャ~ですよね。いろんなところでいろんなチャレンジがあったらいいですね。
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Protea Mama

Author:Protea Mama
7年余、楽天ブログを書いていました。いろいろな機能が終了になるということなので、FC2ブログに移動しました。楽天ブログには「フリーページ」があります。大変ありがたい機能ですので、楽天ブログも大事に置いておこうと思います。良かったらご覧ください。

私が「障害児の親になったのだ。」と気づいた頃は、情報を得ることが難しくて、子の将来の姿も、自分の将来の姿も想像できませんでした。どんな未来が待っているのか、不安で不安で。だれか、知らせて。だれか、見せて。。。と誰かをつかまえて訊きたかったのです。だから、今の次男の様子を書いておこうと思います。それを読んで、ガッカリする人もあるかもしれません。安心する人もあるかもしれません。ともかく、私達は今、生きています。親子無理心中事件は起こしませんでした。これからもないことを願っています。次男は、コロニーや施設ではなくて、街中で生活して、成人して、やがては老いていく初めての世代の障害者だと思います。どんな生活が有り得るのか、親亡き後の次男の生活は幸福なものになるのか。次男に親を独占されて、すね気味に大人になってしまった長男を真に解放してやることができるのか。。手探りの毎日です。

希望は強い勇気であり、新たな意志である。

すべてのことは、願うことから始まる。

我々にとって深遠なものは、逆の相の下に隠されている。生は死の下に、愛は憎しみの下に、義は罪の下に、力は弱さの下に隠されている。

いずれも、マルティン・ルター の言葉です。
私はクリスチャンではありませんが、とても良い言葉だと思います。

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