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メモ-待望の第1子!英キャサリン妃が男児出産

おめでとうございます。

未来の英国王でなくっても、健康で幸せな赤ちゃんでありますように、お祈りいたします。

英王室は22日、ウィリアム王子(31)の妻キャサリン妃(31)が同日午後4時24分(日本時間23日午前0時24分)、ロンドン市内のセント・メアリー病院で第1子の男児を出産したと発表した。体重は約3800グラムで、母子ともに健康という。

 男児は将来の王となる。王位継承順位はチャールズ皇太子(64)、ウィリアム王子に次ぐ3位。




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キャサリンさんは350年ぶりにイギリス国王予定者と結婚した「平民出身者」

前例は、ジェームズ2世(在 位1685-1688)の最初の妻アン・ハイド(Anne Hyde, 1637年3月12日/22日 - 1671年3月31日)

ジェームズ2世が王位につく前に亡くなったので王妃にならなかったが、アン=ハイドは二人の女王

メアリ2世:在位:1689年2月13日 - 1694年12月28日(イングランド・スコットランド・アイルランド女王)
夫のウィリアム3世の共同統治者として共に王位に即いていた。



アン:在位:1702年3月8日 - 1707年5月1日(イングランド・スコットランド女王)
1707年5月1日 - 1714年8月1日(グレートブリテン女王)


の 母親になった。


アン=ハイドの死後(1671)に、夫が国王になり(1685)、名誉革命により追放され(1688)その後、娘二人が順に女王になったから、その様子をみていないのですね。


アン=ハイドは、初代クラレンドン伯爵エドワード・ハイドと2番目の妻、クランボーン猟場管理人サー・トーマス・アイルズベリーの娘フランセスの娘。

当時、父親のエドワード・ハイドは、チャールズ2世の亡命政権の国務大臣でしかなく、爵位も領地ももたない平民だった。
ジェームズ2世は、アンに愛人となるよう迫たが、アンは承知しなかった。
ジェームズ2世は、「2人の間に生まれる子供は、王政復古後にイングランドの法律によって嫡出子として認める」旨の約束をし、ようやく彼女を手に入れた。

アンは、元気で陽気な女性で、人を引き付ける魅力と賢明さを備えていたそうです。

ジェームズ2世とアン・ハイドが出会った当時、アン・ハイド父親のエドワード・ハイドは、平民であったとはいえ、国務大臣だったわけで、キャサリン妃とは比較対象にならないと思う。



ともかく、若いご夫婦と赤ちゃんが幸せであれば喜ばしいことです。
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テーマ : 歴史
ジャンル : テレビ・ラジオ

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Protea Mama

Author:Protea Mama
7年余、楽天ブログを書いていました。いろいろな機能が終了になるということなので、FC2ブログに移動しました。楽天ブログには「フリーページ」があります。大変ありがたい機能ですので、楽天ブログも大事に置いておこうと思います。良かったらご覧ください。

私が「障害児の親になったのだ。」と気づいた頃は、情報を得ることが難しくて、子の将来の姿も、自分の将来の姿も想像できませんでした。どんな未来が待っているのか、不安で不安で。だれか、知らせて。だれか、見せて。。。と誰かをつかまえて訊きたかったのです。だから、今の次男の様子を書いておこうと思います。それを読んで、ガッカリする人もあるかもしれません。安心する人もあるかもしれません。ともかく、私達は今、生きています。親子無理心中事件は起こしませんでした。これからもないことを願っています。次男は、コロニーや施設ではなくて、街中で生活して、成人して、やがては老いていく初めての世代の障害者だと思います。どんな生活が有り得るのか、親亡き後の次男の生活は幸福なものになるのか。次男に親を独占されて、すね気味に大人になってしまった長男を真に解放してやることができるのか。。手探りの毎日です。

希望は強い勇気であり、新たな意志である。

すべてのことは、願うことから始まる。

我々にとって深遠なものは、逆の相の下に隠されている。生は死の下に、愛は憎しみの下に、義は罪の下に、力は弱さの下に隠されている。

いずれも、マルティン・ルター の言葉です。
私はクリスチャンではありませんが、とても良い言葉だと思います。

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