なんともならないからこそ
次男は、木曜日は、仕事の後、ヘルパーさんに付き添ってもらって障害者スポーツセンターに行くことが多い。
散髪に行ったり、買い物に行くこともある。
障害者スポーツセンターに行くと、ジムで体操してトランポリンをする日と、プールで泳ぐ日があるらしい。
実家に帰ってきて、「木曜日はどこに行ったの?」と訊いてやると、「ジム!」とか「ポール!!」と答えてくれる。
「電車で行ったの?」と訊くと、「バス!!」とニコニコして答えてくれる。
以前は市民スポーツセンターに通っていたようだけれど、今は、障害者スポーツセンターに通っている。
市民スポーツセンターよりも、障害者スポーツセンターの方が居心地が良いのだろうと察しがつく。
次男が通うことができる距離に、障害者スポーツセンターがあって、本当にラッキーだと思っている。
本当にありがたい。
地の利は本当に大事だと思う。
地の利があるか、無いかで、生活のしかたが大きく違ってくると思う。
次男がまだ幼児のころは、「障害者スポーツセンター」という名称ではなくて、「身体障害者スポーツセンター」という名称であったと思う。
なぜ、それを記憶しているのか。
次男を連れてプールを利用させていただこうと出かけた。
まず、利用者カードをつくる手順は当時も今も同じだろうと思う。
当時、次男は3歳になっていたと思う。
次男の療育手帳を提示して、手続きを終えると、少し年配の男性職員が保護者の私に言った。
「この施設は、身体障害者のためのスポーツ施設です。それをお含みおきください。」
私は、彼の言葉を理解するために、少し時間が必要だった。
身体障害者のためにつくられた施設を、知的障害者が使わせてもらうことは、いけないことだと言っているのか。
言葉に出してみた。
「知的障害者は、この施設を利用することを遠慮せよ。。。と言っておられるのでしょうか。
もうひとつ別に「知的障害者スポーツセンター」を建設して、知的障害者はそちらを利用すべきと言っておられるのでしょうか。」
男性職員は、「・・・・」言葉に窮した。
そのまま、席を立って私の前から消えた。
次男をプールで遊ばせながら、男性職員の言葉を反芻した。
この施設は、身体障害者の保護者の納めた税金だけで建設されたのだろうか。
知的障害のある子の親は、税金を納めていないと思っているだろうか。。。。
いや、たぶん。
身体障害者には、
「俺達、私達は、身体が不自由なだけで、バカでもキチガイでもない。いっしょにしてくれるな。」という気概(?)があるのだろう。
身体障害者にかかわる職員にも、同じ考えがあるのだろうと理解した。
20年以上も前のことだ。
20年という時間が経つ間に、「障害者自立支援法」がつくられた。
成立まえに、骨子に障害種別(身体障害、知的障害、精神障害)にかかわらず障害者の自立支援を目的とした共通の福祉サービスは共通の制度により提供。とあったので、身体障害者が「障害にかかわらず。。」の一文を不愉快に思って、頑強に反対するだろうと思っていたが、成立した。
20年以上が経ったけれど、たぶん、今も人の心の中は同じだと思う。
昨年2012年、6月20日、障害者自立支援法から「障害者の日常生活及び社会生活を総合的に支援するための法律」(通称・障害者総合支援法)と名称が変更となった。
これにより、法律の理念・目的が変更となった。
本法律の施行は、2013年(平成25年)4月1日から。
確かに、「障害者」とひとくくりにしてよいと思わない。
それぞれに能力の差異があることはなんともならない。
税金を納める能力にも差がある。
なんともならないからこそ、親は子の能力、特徴を冷静に観察して、受け入れて、どんな段取を整えてやるべきか。。。と思案して眠れないわけだ。
親が老いても、死んでも、子の人生はまだ続いているのだから。