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料理メモ-ガリバタ鶏

TVCMは、とても良くできていると思う。
いつか見た「ガリバタ鶏」の調味料のCMが美味しそうだったので、使ってみた。

それほどガーリックが効いてないので、フライドガーリックチップを加えた。
私の味覚がおかしいのか、バター醤油味も物足りないように感じた。


次回は、家にある醤油、バター、フライドガーリックチップ、コンソメかだしの素で作ってみよう。
ソースのトロミは、片栗粉でつけるとして。

そりゃぁ。。。。オイスターソースを使えば美味しいけど、ここは、ガリバタにこだわってみよう。


下ごしらえの時に、チキンに卵白をもみ込むと料理した後に時間が経過してもチキンが固くなりにくいとTVで紹介していたので、やってみた。
お弁当に持って行って確認してみよう。


市販の「○○を加えるだけで、△△が美味しくできます。」という調味料はありがたい。
どんな味かなぁ。。。。と試してあとは、自分流にアレンジすればいいわけで。
パズルを組み合わせるような感覚がが好きだ。



まだまだ時間が必要だけれど、次男もいつかこういう調味料を使って自分の為だけじゃなくて数人のための食事を用意する時がくると思う。
四肢に機能障害がなくて健康な知的障害者は、なにかしなくっちゃ。。。。。とほとんど強迫観念のように思っている。
なにか、お役に立つ場面があると、居場所を得ることができるのではないか。
切実に願って20余年。


誰が思っているのか。
私がかってに思っている。

次男は、

「やってみたら、けっこう上手に出来るじゃん。おいしいじゃん。うれしいなぁ。
褒めてもらえる。うれしいな。」(^.^)


くらいだと思う。



もちろん、次男ひとりではなくて、指導員さん、ヘルパーさんの指導と見守りが必要だけど。
次男ひとりでは、ケガしたときに、「この程度なら、バンドエイドでOK。」「やばい!!これは病院に行かなくっちゃ!!!」という判断ができない。



これが、知的障害があるということだと思う。
作業は、経験と訓練で身に付くけれど、判断力は身に付かない。


親は、いつも希望と冷静な観察力の両方をもっていたいと思う。

我が子には、障害がある。

それを認めなくちゃ、道は見えてこない。


がんばらせる意味のあることと、がんばらせる意味がないことがある。
それを間違えると、虐待になると思うのだ。





あとは、クラムチャウダー。
クラムチャウダーはキャンベル缶がおいしいと思う。
缶と同量の牛乳を入れるだけで出来上がり。


でもボリュームがほしいから、ジャガイモ、ニンジン、シメジ、シーフードミックスを入れる。
そりゃぁ、白身の魚の切り身があれば、ゴージャス。
これも、次男はできるようになると思う。
いつかね。
先はながいから、あせることはない。
すでに下地はできているので、大丈夫。

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テーマ : 自閉症児の親
ジャンル : 福祉・ボランティア

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非公開コメント

親として、我が子に知的障害がある事を正当に認める事の難しさを感じています。
まだ小さいので、周りは自然に受け入れてくれて、何だか親の自分が一番、差別意識があるのではないかと思ったりします。
でも、親は意識せずにいるわけには行かないわけで、だからと言って必要以上に遠慮したり、卑屈になってはいけない。
その辺りのバランスが難しいです。
でも、判断力って、訓練では身につかないものですか?
例えば、怪我の度合いなどは、経験で覚えて行くとしたら、たくさん怪我しないと、、なんでしょうかね?
確かに訓練は難しいかもしれませんね。。。

Re: タイトルなし

いつも、コメントをありがとうございます。

> でも、判断力って、訓練では身につかないものですか?
> 例えば、怪我の度合いなどは、経験で覚えて行くとしたら、たくさん怪我しないと、、なんでしょうかね?
> 確かに訓練は難しいかもしれませんね。。。


ケガしてもかすり傷くらいでおさまるなら、たくさんケガしてほしいです。
たくさん経験してほしいです。
バンドエイドくらいでおさまる傷しかしないとしたらね。


プロフィール

Protea Mama

Author:Protea Mama
7年余、楽天ブログを書いていました。いろいろな機能が終了になるということなので、FC2ブログに移動しました。楽天ブログには「フリーページ」があります。大変ありがたい機能ですので、楽天ブログも大事に置いておこうと思います。良かったらご覧ください。

私が「障害児の親になったのだ。」と気づいた頃は、情報を得ることが難しくて、子の将来の姿も、自分の将来の姿も想像できませんでした。どんな未来が待っているのか、不安で不安で。だれか、知らせて。だれか、見せて。。。と誰かをつかまえて訊きたかったのです。だから、今の次男の様子を書いておこうと思います。それを読んで、ガッカリする人もあるかもしれません。安心する人もあるかもしれません。ともかく、私達は今、生きています。親子無理心中事件は起こしませんでした。これからもないことを願っています。次男は、コロニーや施設ではなくて、街中で生活して、成人して、やがては老いていく初めての世代の障害者だと思います。どんな生活が有り得るのか、親亡き後の次男の生活は幸福なものになるのか。次男に親を独占されて、すね気味に大人になってしまった長男を真に解放してやることができるのか。。手探りの毎日です。

希望は強い勇気であり、新たな意志である。

すべてのことは、願うことから始まる。

我々にとって深遠なものは、逆の相の下に隠されている。生は死の下に、愛は憎しみの下に、義は罪の下に、力は弱さの下に隠されている。

いずれも、マルティン・ルター の言葉です。
私はクリスチャンではありませんが、とても良い言葉だと思います。

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