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今できること。今しかできないこと。今しなければ意味がないこと。

昨夜も10:00にテレビを消してそれぞれの寝室に行きました。
次男のスーピースーピー。。。と言う寝息がすぐに聞こえました。
今朝は、5:30にシャキッ!!と起きていました。

情緒が安定していると生活がスムーズです。
ありがたいです。

障害のタイプによってその特徴が違います。
次男は、知的障害をともなう自閉症です。
身体的には全くの健康体なのがなによりありがたいです。

その代わりに、親亡き後、次男が生きていかねばならない時間が、フツーに長いわけです。
次男が、親の体格、体力を追い越してからの時間も長いです。

これは、相当の覚悟が必要だな。。。と気がついて、「良い将来の姿」と「悪い将来の姿」を想像して身震いしたことを憶えています。

2012-6-11-1


2012-6-11-2



その通りになりました。
今は、「良い将来の姿」の範疇です。
ありがたいです。


そして、10年後を想像して、今、何をしておくべきか。。。。
これがまた、手探りなのです。


ともかく、日常生活で経験を積み重ねていくこと。
支援をしていただいて、次男自身も精一杯の精進をして、きちんと生活できることを目指すこと。


くらいしか、思いつきません。

それしかないし、それが一番大事です。

私が次男に今しかしてやれないこと、今してやらねば、意味がないことを最優先にしてきました。
それに伴って、引き換えにしたものがあったことについては後悔はないです。


次男と同年代で、すでに明らかに老化していたり、崩壊している知的障害者がたくさんいるので、「親としての仕事は、定年退職してから、がんばる。」という言葉は、全く意味がないことのように思いますが、それぞれの家庭に事情と価値観があるので、しかたがないことなのでしょう。

今,目の前にいる我が子に、夢中になって関わることができるのは、幸運でありがたいことなのだと思います。


次男が小学校のころにお見かけしていた知的障害のある次男の先輩が、すでに極端に加齢、崩壊している様子を伝え聞くと、胸が痛いです。
あんなに元気いっぱいで、男の子のようにきかん坊だったのに、今は一言も発せず、身動きもしないなんて。

ご両親が、なにも引き換えにすることなく彼女を療育することは、できなかったと思います。
何かを引き換えにするしか術はなくて、それはイヤだと拒否されたら。
他者にはどうしようもないことなのでしょう。


高齢になってから癌を発病したとして、「抗癌剤や手術や、その他の苦痛を伴う治療を施すよりも、ペインケアを主目的として、できる限りやすらかに充実した時間を過ごしたい。」とのぞむことがあると思います。

たぶん、私はそう望むと思います。


では、それと、「どんなことをしても、自閉症であること、ダウン症であることは同じなのだから、発達を促す訓練や心臓の手術を施すことはしない。」ということは、同じ意味なのでしょうか。


私は違うと思うのだけれど、同じと思う人もいるらしい。
それぞれの価値観に従うしかないのでしょう。

私は、その人達と同席しないけれど。




障害児の親は、いつも、


どっちを取るか。
どっちを優先するか。


と問われているように思います。
厳しい現実です。

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テーマ : 発達障害(自閉症、アスペルガー、LD、ADHD、発達遅滞)
ジャンル : 育児

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まとめtyaiました【今できること。今しかできないこと。】

昨夜も10:00にテレビを消してそれぞれの寝室に行きました。次男のスーピースーピー。。。と言う寝息がすぐに聞こえました。今朝は、5:30にシャキッ!!と起きていました。情緒が安

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プロフィール

Protea Mama

Author:Protea Mama
7年余、楽天ブログを書いていました。いろいろな機能が終了になるということなので、FC2ブログに移動しました。楽天ブログには「フリーページ」があります。大変ありがたい機能ですので、楽天ブログも大事に置いておこうと思います。良かったらご覧ください。

私が「障害児の親になったのだ。」と気づいた頃は、情報を得ることが難しくて、子の将来の姿も、自分の将来の姿も想像できませんでした。どんな未来が待っているのか、不安で不安で。だれか、知らせて。だれか、見せて。。。と誰かをつかまえて訊きたかったのです。だから、今の次男の様子を書いておこうと思います。それを読んで、ガッカリする人もあるかもしれません。安心する人もあるかもしれません。ともかく、私達は今、生きています。親子無理心中事件は起こしませんでした。これからもないことを願っています。次男は、コロニーや施設ではなくて、街中で生活して、成人して、やがては老いていく初めての世代の障害者だと思います。どんな生活が有り得るのか、親亡き後の次男の生活は幸福なものになるのか。次男に親を独占されて、すね気味に大人になってしまった長男を真に解放してやることができるのか。。手探りの毎日です。

希望は強い勇気であり、新たな意志である。

すべてのことは、願うことから始まる。

我々にとって深遠なものは、逆の相の下に隠されている。生は死の下に、愛は憎しみの下に、義は罪の下に、力は弱さの下に隠されている。

いずれも、マルティン・ルター の言葉です。
私はクリスチャンではありませんが、とても良い言葉だと思います。

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