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自己評価 「障害児と生きる日常(58952)」

次男はデイサービスへ行く日
10:00ごろに次男の携帯電話にかけた。

「はい!お母さんです」

アハハ、いつも思うけれど、”それはお母さんのセリフです。ハハハ”
まぁ、いいか。

母:「次男くん、デイサービスについた?」
次男:「ついた」
母:「今日も楽しんでね」
次男:「は~~い!」

次男は携帯を切った。
次男に私の言った言葉の意味がわかったとは思えないけれど、次男は自分の居場所があることを知っている。
それが、どれだけ次男に自信を与えていることか。

次男は早い時期に自分は他の子とは違うと知ったと思う。
多分、保育所時代に気づいていたと思う。
献身的な加配の先生、能力の差は歴然とあるにも関わらずいつも次男を好きでいてくれた子ども達、ドーマン法の訓練をするのを手伝ってくれた女子高校生達。

たくさんの人達から大事に思われていることが次男の自信になっていたと思う。
自分は自分でいいのだと知っていたと思う。
次男は自分自身でいることに不安であったことはないと思う。
これは親のうぬぼれだろうか。

自分に”人より苦手なこと”(障害)がある、ことを本当に気ずいていない障害児がいるとは思えない。
本当に、そんなにも自己認識が出来ないとは思えない。

次男が地元の小学校、中学校に通っている頃に、「ウチの子は、自分に障害があることを知らない。」という言葉をよく聞いたけれど、なんだかシックリこなかった。
私を捕まえてウダウダ愚痴るお母さんだった。
”貴女の息子はAliceboyより能力が高いじゃないの。うらやましいわ。”と私が言ってあげるまで食い下がる人だった。
私はイライラした。

”障害児の母親と言われたくない”貴女が存在する限り、貴女の息子は自分に障害があること気づいていない状態を続けるしかないじゃないの”



自分の不具合に、障害名がついていることを知っているか、知らないか、の差はあると思う。

次男は自閉症、知的障害という言葉は知らないけれど、自分には受け入れがたいもの(どうしても我慢ができない)どうしても意味がわからないこと、どうしても出来ないこと、がたくさんあることをよく知っていると思う。

それでも次男は次男自身が好きだと思う。
障害のある、なし、重い、軽いは自己評価の高い、低いに関係がないと思う。


次男はデイサービスで午後から昼寝したそうです。
チョットやソットの物音では起きなかったらしい。


次男くん、リラックスし過ぎです。ܤ
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プロフィール

Protea Mama

Author:Protea Mama
7年余、楽天ブログを書いていました。いろいろな機能が終了になるということなので、FC2ブログに移動しました。楽天ブログには「フリーページ」があります。大変ありがたい機能ですので、楽天ブログも大事に置いておこうと思います。良かったらご覧ください。

私が「障害児の親になったのだ。」と気づいた頃は、情報を得ることが難しくて、子の将来の姿も、自分の将来の姿も想像できませんでした。どんな未来が待っているのか、不安で不安で。だれか、知らせて。だれか、見せて。。。と誰かをつかまえて訊きたかったのです。だから、今の次男の様子を書いておこうと思います。それを読んで、ガッカリする人もあるかもしれません。安心する人もあるかもしれません。ともかく、私達は今、生きています。親子無理心中事件は起こしませんでした。これからもないことを願っています。次男は、コロニーや施設ではなくて、街中で生活して、成人して、やがては老いていく初めての世代の障害者だと思います。どんな生活が有り得るのか、親亡き後の次男の生活は幸福なものになるのか。次男に親を独占されて、すね気味に大人になってしまった長男を真に解放してやることができるのか。。手探りの毎日です。

希望は強い勇気であり、新たな意志である。

すべてのことは、願うことから始まる。

我々にとって深遠なものは、逆の相の下に隠されている。生は死の下に、愛は憎しみの下に、義は罪の下に、力は弱さの下に隠されている。

いずれも、マルティン・ルター の言葉です。
私はクリスチャンではありませんが、とても良い言葉だと思います。

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