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摩訶般若 「障害児の親として(10946)」

先日、京都、建仁寺で金澤 翔子さんの書品展があった。
すでに、今回展示された作品を紹介した「図禄」は売り切れていた。

金澤 翔子さんの母上の泰子さんが、「これをお持ちください。半分に折って上部をフレームに入れると、よろしいですよ。」と言っておられた。

本の注文受け付けのチラシなのだ。

いただいてきて、そうしてみると、とっても素敵になった。




摩訶般若

とはどういう意味なのだろうか。


まか‐はんにゃ 摩訶般若
「摩訶」は{梵}maha の音訳で大の意。
「般若」は{梵}prajna の訳で智慧の意)仏語。
偉大な智慧。
すぐれた叡知。

また、特に大涅槃の三徳として法身・解脱とともに説かれるその一つ。



私は素養がなくて、最後の一行の意味がわからないないけれど、人の知恵を超えた智恵の事だろうと思う。


次男にも、長男にも、私にも、授け給え。授け給え。授け給え。


考え得ることはやってみたい。
どうにかして、長男も次男も身が立つように、私自身も責任を全うできるまで生きていきたい。

智恵がほしい。
摩訶般若、授け給え。
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プロフィール

Protea Mama

Author:Protea Mama
7年余、楽天ブログを書いていました。いろいろな機能が終了になるということなので、FC2ブログに移動しました。楽天ブログには「フリーページ」があります。大変ありがたい機能ですので、楽天ブログも大事に置いておこうと思います。良かったらご覧ください。

私が「障害児の親になったのだ。」と気づいた頃は、情報を得ることが難しくて、子の将来の姿も、自分の将来の姿も想像できませんでした。どんな未来が待っているのか、不安で不安で。だれか、知らせて。だれか、見せて。。。と誰かをつかまえて訊きたかったのです。だから、今の次男の様子を書いておこうと思います。それを読んで、ガッカリする人もあるかもしれません。安心する人もあるかもしれません。ともかく、私達は今、生きています。親子無理心中事件は起こしませんでした。これからもないことを願っています。次男は、コロニーや施設ではなくて、街中で生活して、成人して、やがては老いていく初めての世代の障害者だと思います。どんな生活が有り得るのか、親亡き後の次男の生活は幸福なものになるのか。次男に親を独占されて、すね気味に大人になってしまった長男を真に解放してやることができるのか。。手探りの毎日です。

希望は強い勇気であり、新たな意志である。

すべてのことは、願うことから始まる。

我々にとって深遠なものは、逆の相の下に隠されている。生は死の下に、愛は憎しみの下に、義は罪の下に、力は弱さの下に隠されている。

いずれも、マルティン・ルター の言葉です。
私はクリスチャンではありませんが、とても良い言葉だと思います。

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