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次男と銭湯に行ってくれる人 「障害児と生きる日常(58952)」

暑くて、私はグッタリ。

次男は元気です。
勤務先で買って飲んでいるヤクルトのせいかなぁ。

お昼ごはんには、カレー丼、うどん定食を食べたそうで、お金をだして何かを買うことを楽しんでいる様子が想像できる。

お弁当の時も毎回違うものを買っているようだ。

うれしいな。

次男の世界が少しづつ広がっていく。


100円ショップで”お風呂セット”を買って、勤務の終わりに銭湯に行ってくるときもある。
もちろん、誘ってもらっていくのだけれど、温かい配慮に胸が熱くなる。
きれいに洗えているか、観察して下さったのだと思う。
ヒゲも剃ってある。
うれしい。

次男が小学校の高学年になろうとするころ、私は本で調べて、次男と長男に性器の洗い方を教えた。
息子達の父親に頼んだのだが、やってくれなかったので、私がしてみた。

長男は、ここまで踏み込んでくる母親に嫌悪感を抱いたことだろう。
でも、教えておかねばならないと思った。
ここで躓いてしまっている知的障害者は多いはずだ。
自分の身体イメージをしっかりと持っていない人も多いので、長年の洗い残しが独特の体臭になっていると思われる人もいる。

知的障害者に 汚い、くさい、気持ち悪い という3Kのイメージがある原因のひとつとも言える。
が、手をつくせば、それは防ぐことが出来る。
きっと、防ぐことが出来る。


性器の洗い方は、私が教えた後、長男に時々は確認してもらわねばならないので、長男も巻き込んだのだ。

私自身を悲観論者だとは思わない。
自然にどうにかなることは、ひとつもないと思う。
どうにかしなくては、どうにもならないと思っている。

次男がひとりで家のお風呂に入るようになって何年も経つ。
幸い、長男も次男も、体臭はそんなに強くない。
シャンプーはデオドラント効果と清涼感のあるものを選んでいるが、それでも夏になると、時々、頭が臭い。
長男も、次男も、天然パーマで毛髪の量が多いから、汗をかく量も多いのだと思う。
次男を時々捕まえて、椿オイルやベビーオイルで頭皮をマッサージしてやる。
平日は私が帰る時刻には、次男はすでに入浴を済ませているので、土曜日か日曜日がチャンスだ。

知的障害をもつ息子をもつ母親は、普通は母が踏み込むべきではないところにも踏み込んでおかねばならない。
もちろん、父親が受け持ってくれるのが一番よいだろうが、もしそれが叶わなければ、母がするしかない。

そしてそれを誰かにバトンタッチしていかなければならない。
いつまでも、息子とは異性である母が踏み込み続けるのは避けたい。
それに私は必ず次男より先にに死ぬのだ。


次男といっしょに銭湯に行ってくださる人がある。
ありがたい。
本当にうれしい。
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いい

環境ですね。それにこのHPは勉強になる。また更新がんばってくださいね。

体の洗い方

そういえば私も長男が小学生の頃教えましたっけ

でも 1首 2腕 3お腹…
と教えても中々細かいところまで綺麗に洗えない

比べちゃいけないが次男三男は足の指の間まで大体は教えたようにできてるのに

近寄ると臭う時もあるし
やっぱり風呂場に手順の壁画を描くしかないかな?(笑)

母ってすごい。

思春期を迎える男の子にとって、母親から性器の洗い方を教わるって、やはり恥ずかしいから、長男君にとっても、教えるお母さんにとっても、気持ち的にぎこちない部分はあったと思います。ですが、二人に共通にしてるのは、「次男君の為」だという事ですよね。次男君はみんなをつなげてくれる大切な役目を持ってるのではないでしょうか。お父さんの協力があればもっといいですよね。銭湯に共に行ってくれる方の存在はとても素晴らしい!!

Re:いい(06/27)

akst237s5さん
>環境ですね。それにこのHPは勉強になる。また更新がんばってくださいね。
-----
ありがとうございます。

Re:体の洗い方(06/27)

紗綾形鈴子さん
>やっぱり風呂場に手順の壁画を描くしかないかな?(笑)
-----
おお!!グッドアイデア!!

Re:母ってすごい。(06/27)

turbo19760426さん
なんとも苦しい時がありますです。でもね。大事なことなんです。次男は、一生、だれかの援助を請わねばならないわけです。いや、それは私たちも同じですが。だから、人がたくさん、傍によって来てくれる人にしたいんです。
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Author:Protea Mama
7年余、楽天ブログを書いていました。いろいろな機能が終了になるということなので、FC2ブログに移動しました。楽天ブログには「フリーページ」があります。大変ありがたい機能ですので、楽天ブログも大事に置いておこうと思います。良かったらご覧ください。

私が「障害児の親になったのだ。」と気づいた頃は、情報を得ることが難しくて、子の将来の姿も、自分の将来の姿も想像できませんでした。どんな未来が待っているのか、不安で不安で。だれか、知らせて。だれか、見せて。。。と誰かをつかまえて訊きたかったのです。だから、今の次男の様子を書いておこうと思います。それを読んで、ガッカリする人もあるかもしれません。安心する人もあるかもしれません。ともかく、私達は今、生きています。親子無理心中事件は起こしませんでした。これからもないことを願っています。次男は、コロニーや施設ではなくて、街中で生活して、成人して、やがては老いていく初めての世代の障害者だと思います。どんな生活が有り得るのか、親亡き後の次男の生活は幸福なものになるのか。次男に親を独占されて、すね気味に大人になってしまった長男を真に解放してやることができるのか。。手探りの毎日です。

希望は強い勇気であり、新たな意志である。

すべてのことは、願うことから始まる。

我々にとって深遠なものは、逆の相の下に隠されている。生は死の下に、愛は憎しみの下に、義は罪の下に、力は弱さの下に隠されている。

いずれも、マルティン・ルター の言葉です。
私はクリスチャンではありませんが、とても良い言葉だと思います。

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