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もう、金曜日 「社会人の障害者であるわが子との日々(1297)」

毎日が飛ぶように過ぎていく。

なにがなんだかわからないときがある。

たぶん、私達は崖っぷちをずっと歩いてきたと思うし、これからもそうなんだと思う。
それでも、どうにかこうにかやってこられたのは、助けてくださる人達がたくさんいたから。
ありがたい。
世の中には、才能やお金に恵まれた人がたくさんいて、うらやましいけれど、次男は別の形でとても恵まれている。

この形がありがたくて、ありがたくて、充分なので、これからも恵まれてほしい。


学齢期を終えると刺激が少なくなるのかもしれない。
刺激が少なくなって安定する人もいるし、逆の人もいるようだ。

安定と退屈はちょっと違う。


次男はこれからも退屈することなく生活できそうな予感がする。
希望であって願いであって、根拠はないのだけれど。


次男の安定は、長男の安定、幸福に直結する。



私に収入があることにも感謝している。
すべては、それが源なのだ。
福祉も教育も医療も、すべては収入があってこそ可能なのだ。

「福祉は心。」というのは大原則。
でも、「心」だけではなにもできない。


長男のこと、次男のこと、私自身のことを守り給え、導き給え。。と毎日念じている。




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そうですね

自分が食べることができなかったら
福祉も人のことを考えるゆとりをもつのはムリですよね

いろいろな分化も、生活にゆとりが必要
物質的にゆたかでも、戦争でそういったものがとられてしまうと、すべてにゆとりがなくなりそうです。

だけど、そんな苦しい時に、人のことをいたわれる心がすこしでも持つことができればよいのですが...

蛍の墓のアニメやドラマでもそんなふうに考えました。

Re:そうですね(11/19)

アミティエのあみちゃんさん


余裕がないと、成立しません。

どうなっていくのか、心配です。
>自分が食べることができなかったら
>福祉も人のことを考えるゆとりをもつのはムリですよね

>いろいろな分化も、生活にゆとりが必要
>物質的にゆたかでも、戦争でそういったものがとられてしまうと、すべてにゆとりがなくなりそうです。

>だけど、そんな苦しい時に、人のことをいたわれる心がすこしでも持つことができればよいのですが...

>蛍の墓のアニメやドラマでもそんなふうに考えました。
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プロフィール

Protea Mama

Author:Protea Mama
7年余、楽天ブログを書いていました。いろいろな機能が終了になるということなので、FC2ブログに移動しました。楽天ブログには「フリーページ」があります。大変ありがたい機能ですので、楽天ブログも大事に置いておこうと思います。良かったらご覧ください。

私が「障害児の親になったのだ。」と気づいた頃は、情報を得ることが難しくて、子の将来の姿も、自分の将来の姿も想像できませんでした。どんな未来が待っているのか、不安で不安で。だれか、知らせて。だれか、見せて。。。と誰かをつかまえて訊きたかったのです。だから、今の次男の様子を書いておこうと思います。それを読んで、ガッカリする人もあるかもしれません。安心する人もあるかもしれません。ともかく、私達は今、生きています。親子無理心中事件は起こしませんでした。これからもないことを願っています。次男は、コロニーや施設ではなくて、街中で生活して、成人して、やがては老いていく初めての世代の障害者だと思います。どんな生活が有り得るのか、親亡き後の次男の生活は幸福なものになるのか。次男に親を独占されて、すね気味に大人になってしまった長男を真に解放してやることができるのか。。手探りの毎日です。

希望は強い勇気であり、新たな意志である。

すべてのことは、願うことから始まる。

我々にとって深遠なものは、逆の相の下に隠されている。生は死の下に、愛は憎しみの下に、義は罪の下に、力は弱さの下に隠されている。

いずれも、マルティン・ルター の言葉です。
私はクリスチャンではありませんが、とても良い言葉だと思います。

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