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これくらいの距離がいい。 「障害児・者の兄弟、姉妹(145)」

今日も、スーパーマーケットに寄ってから帰宅した。

計画的に1週間分の買い物をする。。というのが私にはナカナカ難しい。
いまさらながらに思うのは、頭が悪い。。。(*_*)
でもいいのだ。
誰にでも得手不得手があって、私はこれでいいのだ。
開き直ったオバハンは厚かましい。



今日はスーパーマーケットでだれにも会わなかったけれど、昨夜は長男に会った。

牛肉のコーナーで物色をしていると、左側から誰かが近づいてきた。
お!?と視線を向けると、かっこいいニイチャンがいた。
長男だった、

お!。。と長男。

お!。。。と私。

買い物カゴを彼に渡して、「持って。」

お!。。と長男。

いろいろ、カゴのなかに入れて、「なにか、買ってほしいものがある?」と訊いてやると、長男はメロンパンとスティックパンをカゴに入れた。

レジを通って、私が支払って、長男が品物をビニール袋に入れた。
長男は、自分のマンションにもって帰るパンを、私が持って帰る品物とは別の袋に入れて、スーパーマーケットの出口で「じゃあ!」とアゴを少ししゃくってあいさつした。


モッズコートのフードをかぶって雨の中を自転車で駆けていく長男を見送った。


「鍋をするよ。」とか「テンプラするよ。」と携帯電話に連絡すると、間に合うようにやってくる長男。

二人息子がいれば、二人ともに全力を尽くして向き合いたいと思っていた。
現実的には、どちらにも中途半端になっていたと思う。

表現する言葉がないほどの、歯がゆい想いがあった。
やり残したことが山盛りになったままだった。

長男が少し、大人になったのか。
なにかを諦めたのか。

わたしも、消化しきれない想いを「どこまでいっても消化されることはないこと。どうしようもないこと。」と諦めをつけたのか。

長男と別居してからのほうが、顔を合わせるときは、お互いに穏やかのように感じている。


長男が私の視界にいない時間は、長男にとっても、私にとっても大切な時間なのだと思う。
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Re:これくらいの距離がいい。(11/25)

読んでいて、ホロッときました。

きっと長男さんも、気を遣われているんでしょうね。

母への愛情が溢れているようで、それでも次男君の為に我慢もされているんでしょうね。

我が家とは、逆のパターンですが、勉強になります。^^

Re[1]:これくらいの距離がいい。(11/25)

harmonica.さん

親になった限りは、全力で。。。と、思ってきたのですが、。。
親が子にかける愛情は、障害があるなし関係なく、当然のこととして、障害児の養育は、とてつもなくエネルギーと時間が必要です。
兄弟姉妹にシワ寄せが有ります。
どうにも、こうにも、してやれない部分があります。
プロフィール

Protea Mama

Author:Protea Mama
7年余、楽天ブログを書いていました。いろいろな機能が終了になるということなので、FC2ブログに移動しました。楽天ブログには「フリーページ」があります。大変ありがたい機能ですので、楽天ブログも大事に置いておこうと思います。良かったらご覧ください。

私が「障害児の親になったのだ。」と気づいた頃は、情報を得ることが難しくて、子の将来の姿も、自分の将来の姿も想像できませんでした。どんな未来が待っているのか、不安で不安で。だれか、知らせて。だれか、見せて。。。と誰かをつかまえて訊きたかったのです。だから、今の次男の様子を書いておこうと思います。それを読んで、ガッカリする人もあるかもしれません。安心する人もあるかもしれません。ともかく、私達は今、生きています。親子無理心中事件は起こしませんでした。これからもないことを願っています。次男は、コロニーや施設ではなくて、街中で生活して、成人して、やがては老いていく初めての世代の障害者だと思います。どんな生活が有り得るのか、親亡き後の次男の生活は幸福なものになるのか。次男に親を独占されて、すね気味に大人になってしまった長男を真に解放してやることができるのか。。手探りの毎日です。

希望は強い勇気であり、新たな意志である。

すべてのことは、願うことから始まる。

我々にとって深遠なものは、逆の相の下に隠されている。生は死の下に、愛は憎しみの下に、義は罪の下に、力は弱さの下に隠されている。

いずれも、マルティン・ルター の言葉です。
私はクリスチャンではありませんが、とても良い言葉だと思います。

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