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気がついていなかったのね。。 「社会人の障害者であるわが子との日々(1297)」

次男は、今朝もニコニコでいつもの日課をこなしました。

早朝のウォーキングで、私は、次男の背中を追いかけながら、見慣れないものに気がついたのですが、次男は気がつかないまま歩いていたようです。

気がつくかなぁ。。
どうかなぁ。。。と思って写真にとっておいて、帰宅してから見せました。

これです。



正体は、



です。

次男は、”ええ!?”という表情をしていました。
気がつかなかったようです。

次男は「ひとつのことをしていると、他のことは気がつかない人」ですから道理です。
昨日は浮いていませんでした。
明日もまだ浮いていたらいいなぁ。。。。

次男の背中を、遠くから見て追いかけていたので、大声で呼びかけるのはちょっと恥ずかしくて、知らせてやれませんでした。

明日、次男が自分で見つけられたらいいのになぁ。。







今朝の卵焼きは上手です。
次男に「上手にできたね。」と言ってやると、「上手」とオウム返しに繰り返してから、ニタリとわらいました。






今朝、私は出勤して次男は自宅に残りました。
障害程度区分の訪問調査があるからです。
次男は、その後、出勤します。

早いですね。
前回 から何年たったのでしょう。。。



前回も、今回も、次男を中学生から知ってくれているサポーターについてもらって調査を受けます。
私は同席しません。
支援を受けるための調査ですから、支援を提供してくれている人達(サポーター)の意見が反映されるべきだと思うからです。

親の見方は、私の場合は、往々にして、我が子可愛さにツボをはずしているかもしれないなぁ。。。と思うのです。((+_+))
子ゆえの闇があるなぁ。。。と自覚しています。



自分の子よりも、他の子の方が、冷静に観察できるかもしれません。

でも、観察だけですね。
エネルギーの全てをかけて取り組めるのは、「我が子」だけです。



先日、自閉傾向のある小学生が、彼が口に入れていたラムネ(?)菓子をプッと噴き出して私の横顔に当てました。

私が彼の言うことを聞き入れなかったからです。

自分の子なら、うむを言わせずに、むなぐらをつかんで引き倒してるところです。

自分の子には、理屈で、ことの○か×をわかるようになる前に、とにかく、それは○か×か、を示さねばならないと思っていました。
それも、息子たちが私の背を追い越す前にしておかねばならないと思っていました。
だから、格闘するように、毎日を過ごしていました。


でも、ラムネの彼は自分の子ではないし、私も歳をとったのでエネルギーが無限にあるわけではないので、かかわる気がおこりませんでした。

そんな私ですから、次男に真剣にかかわってもらえることのありがたさはよくわかります。
真剣に関わってくださるサポーター、ボランティアさん、先生方を大事に、大事にしたいです。







私がいない場所で、「次男の問題点はココ。サポーターとして支援したいのは、ココ」と言っていただくのがいいかなぁ。。。と思っています。

そして、なにより、次男はサポーターに恵まれています。
一人のサポーターにずっとかかわってもらっているのではなくて、「チーム」として次男を支援してもらっています。
「この人でなくては、ダメ!」という関係にしたくなかったし、そうならなかったことはとてもラッキーだと思います。

しつこいようですが、

親は先に死にます。


次男を、「支援してもらいやすい障害者」にしたいです。
次男なりに、「お役にたつ障害者」にしたいです。

次男は、地の利、時の利にもめぐまれましたから、これまで受け取ってきた支援の大きさは表現しきれないです。

これからも、そうであってほしいので、次男自身もお返し出来るご恩はお返ししておかねばならないと思います。
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プロフィール

Protea Mama

Author:Protea Mama
7年余、楽天ブログを書いていました。いろいろな機能が終了になるということなので、FC2ブログに移動しました。楽天ブログには「フリーページ」があります。大変ありがたい機能ですので、楽天ブログも大事に置いておこうと思います。良かったらご覧ください。

私が「障害児の親になったのだ。」と気づいた頃は、情報を得ることが難しくて、子の将来の姿も、自分の将来の姿も想像できませんでした。どんな未来が待っているのか、不安で不安で。だれか、知らせて。だれか、見せて。。。と誰かをつかまえて訊きたかったのです。だから、今の次男の様子を書いておこうと思います。それを読んで、ガッカリする人もあるかもしれません。安心する人もあるかもしれません。ともかく、私達は今、生きています。親子無理心中事件は起こしませんでした。これからもないことを願っています。次男は、コロニーや施設ではなくて、街中で生活して、成人して、やがては老いていく初めての世代の障害者だと思います。どんな生活が有り得るのか、親亡き後の次男の生活は幸福なものになるのか。次男に親を独占されて、すね気味に大人になってしまった長男を真に解放してやることができるのか。。手探りの毎日です。

希望は強い勇気であり、新たな意志である。

すべてのことは、願うことから始まる。

我々にとって深遠なものは、逆の相の下に隠されている。生は死の下に、愛は憎しみの下に、義は罪の下に、力は弱さの下に隠されている。

いずれも、マルティン・ルター の言葉です。
私はクリスチャンではありませんが、とても良い言葉だと思います。

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