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「お別れ」ができました。 「社会人の障害者であるわが子との日々(1297)」

昨夜、急逝されたダイスケ君に「お別れ」してきました。

結果オーライですが、すんなりとは行きませんでした。

作業所から帰宅して、シャワーして着替えて、待ち合わせ場所の事務所に向かって出かけたのが、4:40.
長男が連絡をくれました。

やった!大成功!
と思っていましたが、そうではありませんでした。

次男が待ち合わせ場所に来ない!!と連絡がありました。

次男はどこへいったのか。。。。
もしかして、行き場所を間違えて、作業所に戻ったのか。
デイサービスにいったのか。
作業所の施設長、デイサービススタッフのお電話してご心配をおかけしてしまいました。


ちょうど、2時間ほどして家に帰っていることがわかりました。
まずは、ホッ。。
次にガッカリ。。


でも、なんとしてもダイちゃんにお別れさせなくては。
ちょうど、私が仕事を終わったので、急いで家に帰って、次男を連れてすでに終わっているお通夜の会場に駆けつけることにしました。
息せき切って帰ると、次男はすでにパジャマでベッドに寝転んでいました。

母:次男くん、事務所に行かなかったの?

次男:行った!!居なかった!!

母:ああ、やっぱり、次男くんは、行ったのね。

次男:行った!居なかった!


そーんなことはないであろう。
次男は、なにか勘違いして「いない。」と思ってしまったのでしょう。


ともかく、

母:そうかぁ。。。残念やったねぇ。。
次男くん、今度はお母さんがいっしょに行くから、一緒にダイスケくんに会いに行こう。

と言いました。

次男は、文字通り、飛び起きて、パジャマを一瞬で脱ぎ捨てました。
片足立ちであっという間に靴下を履きました。

私は次男の半そでワイシャツを探しました。
洗濯ネットに入れて、洗濯機のなかにありました。
幸い、濡れていないし、汚れていないので、もう一度きてもらいました。
二人で家を飛び出ました。


次男は混乱せず、愚図りもせず、ありがたいと思いました。
ボスに電話すると、事務所の最寄の駅まで車で迎えに来てくださるとのこと。
ありがたいです。

次男と私を拾ってくださって、連れて行ってくださった斎場は、小規模のきれいな場所でした。
すでにご親族しか残っておられませんでした。

次男や長男が亡くなったら、私の親族、元夫の親族はこないと思うので、友人、施設や職場関係の人達だけのお通夜、お葬式になるな。。と思いました。


お詫びして、お焼香させていただきました。

次男は、ボスの指導でキチンとご焼香していました。
作法知らずの私は、後で考ええると、ちょっと変なことをしていました。
お焼香を炭にパラパラとしないで、お線香を立ててある灰の方にしていたかもしれません。

私が変なことをしている間に次男はダイスケくんのお顔を覗かせていただいていました。

ダイスケ、寝てる。
ダイスケ、おきて。
ダイスケ、おきなさい


とお棺をトントン叩いていました。

ダイスケ君と次男は金曜日に会っていました。
土曜日の朝に、元気に、1泊2日のショートステイに出かけた人が、日曜日の朝に心肺停止状態で発見されたのです。


突然に、息子を見送ることになったご両親の心中は、いかばかりでしょうか。



私も、何年かぶりでダイスケ君のお顔を拝見しました。
生前のダイスケ君のお顔には、緊張がありました。
昨夜のダイスケ君は、筋緊張がなくて、穏やかで、お顔を剃ってあって、きれいで、安らかでした。
亡くなっているという感じがしませんでした。

きれい過ぎて、実感がわかなくて、不思議な感覚に陥りました。

次男は、なんとも形容できない表情をしました。
ダイスケ君の死を理解できたのか、できないのか、わかりませんでした。

次男は勧められるままにお寿司やオニギリをパクパクいただいていました。

私は、
「こんなでいいのかなぁ。。。
いいも、悪いも、これが次男なんだ。」と思いました。


その後、また、ダイスケ君のお顔を拝見して、次男はちょっと泣きそうな、でも泣くわけではなく。
次男は、幼児期を除くと、「涙を流して泣くということがない人」です。



ずっと以前に、公園で鳩の亡骸を土に埋めたときのことを思い出しました。



命はどこへいくのだろう。
掌からりんごが転げ落ちるように、どこかへ転がっていくのだろうか。

老人の命は、”消えて”無くなる感じがする。
若者の命は、”転がって”どこかへ行ってしまう感じがする。




また、ボスに最寄の地下鉄の駅まで送っていただいて、二人で帰宅しました。
11:00ごろでしょうか。


次男はすぐにシャワーを浴びてパジャマに着替えました。
いつもならば、ぐっすり眠っている時刻ですが、眠るのは時間がかかりそうな様子でした。
私もシャワーして自分の寝室に引き上げました。

今朝、次男はいつも通りにご飯を炊いて、お茶を沸かしていました。
二人でエクソサイズして、掃除しました。
卵焼きと味噌汁(キャベツ、わかめ)を作って、洗濯して、干して.6:50に作業所にでかけました。






子どもに先に逝かれるのは、無念です。
障害があろうとも、無念です。

「先に逝ってくれたらいいのに。」と言われる人もあるけれど、私は言いません。
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Re:「お別れ」ができました。(07/15)

いい経験ができて良かったですね・・。

そういう初めての体験は、感情も表情も様々でしょうが、きっと何かしら次男君の中で形付けられた部分があったことでしょうね。

普段ある出逢いに別れ。

また、生命の誕生にお別れ。

すべては経験からの学びなんでしょうね。^^

Re[1]:「お別れ」ができました。(07/15)

milkyway.さん
>いい経験ができて良かったですね・・。

とにかく、行かせていただきたかったです。
遅くからお邪魔してご親族には、ご迷惑をおかけしてしまいました。

>そういう初めての体験は、感情も表情も様々でしょうが、きっと何かしら次男君の中で形付けられた部分があったことでしょうね。

>普段ある出逢いに別れ。

>また、生命の誕生にお別れ。

>すべては経験からの学びなんでしょうね。^^
-----
避けてはいられないものだと思います。
やがて、母も死ぬんだよ。。。と気づいてくれるかもしれません。
その日が来るまでに、やらなければならないことが山積しています。((+_+))
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Protea Mama

Author:Protea Mama
7年余、楽天ブログを書いていました。いろいろな機能が終了になるということなので、FC2ブログに移動しました。楽天ブログには「フリーページ」があります。大変ありがたい機能ですので、楽天ブログも大事に置いておこうと思います。良かったらご覧ください。

私が「障害児の親になったのだ。」と気づいた頃は、情報を得ることが難しくて、子の将来の姿も、自分の将来の姿も想像できませんでした。どんな未来が待っているのか、不安で不安で。だれか、知らせて。だれか、見せて。。。と誰かをつかまえて訊きたかったのです。だから、今の次男の様子を書いておこうと思います。それを読んで、ガッカリする人もあるかもしれません。安心する人もあるかもしれません。ともかく、私達は今、生きています。親子無理心中事件は起こしませんでした。これからもないことを願っています。次男は、コロニーや施設ではなくて、街中で生活して、成人して、やがては老いていく初めての世代の障害者だと思います。どんな生活が有り得るのか、親亡き後の次男の生活は幸福なものになるのか。次男に親を独占されて、すね気味に大人になってしまった長男を真に解放してやることができるのか。。手探りの毎日です。

希望は強い勇気であり、新たな意志である。

すべてのことは、願うことから始まる。

我々にとって深遠なものは、逆の相の下に隠されている。生は死の下に、愛は憎しみの下に、義は罪の下に、力は弱さの下に隠されている。

いずれも、マルティン・ルター の言葉です。
私はクリスチャンではありませんが、とても良い言葉だと思います。

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