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ニュースより-バス運転の引率者に有罪 「障害児の親として(10946)」

昨日、こんな判決が下されて、私の心臓が冷たくなった。

 東京都練馬区の東京外環自動車道で2007年、少年サッカーチームのマイクロバスのドアが開き、小学5年男児が転落し死亡した事故で、バスを運転し自動車運転過失致死罪に問われた引率者の引地功一被告(34)に対する判決が11日、さいたま地裁であった。田村真裁判長は禁固1年6月、執行猶予3年(求刑禁固1年6月)を言い渡した。
 同裁判長は引地被告がドアをロックするか、ドアレバーを「手動」から切り替えるかしていれば「児童が転落することはなかった」とし、同被告の過失を認めた。
 また、児童らが思わぬ行動を取る恐れのあることや、ドアステップ内に入った者の体が容易にドアレバーに触れる構造を挙げ、「結果の基本的部分を予見することができた」と指摘。「児童の転落は予見できなかった」とする弁護側の無罪主張を退けた。 


息子たちが小学生のころ、私は、よく、次男の同級生達、長男の同級生達を引率して出かけた。
自閉症で、知的障害のある次男を知ってほしかった。
仲良くしてほしかった。
次男の同級生達を、次男のサポーターに育てたかった。

「習うより、慣れろ」だと思った。
楽しい時間を過ごしてもらうことで、子供たちの中に、「(障害児の)次男くんと一緒にいても楽しいじゃん!」と知ってほしかった。

学校の近くの公園に、大型の遊具があって、滑り台、ブランコ、ジャングルジム、ネット登りなど楽しんだ。
大人の介入があると、次男も子供たちも不都合がなかった。

映画館に行く時は、いつも数人を引率していった。

小学1年から6年まで、誕生日パーティーをして、電車に乗ってファミリープールへ連れていって、レンターカーを借りて遠出するのは、大学生のお兄さん達、お姉さん達にボランティアで付き合ってもらった。


ボランティアの大学生の人数、能力は申し分なかったが、子供たちが事故がなく、それぞれのお家に帰るまで、私は、緊張していた。

当時は、まだ結婚していて、毎回、元夫に嫌味を言われていた。
「事故があったときは、俺は知らない。巻き込むな。」
もちろん、元夫は、参加しないし、お金の援助もなかった。
早々に、「この人には障害児の親になる才能がない。」と判断していたので、すべては私が手配して実行したことだった。


よく、「天才は、99%の努力と1%の才能」と言われる。
きっと、そうなのだろう。
近しい人に“天才”がいないので、確かめたことがないけれど。。。

障害児の親は、まず「1%の才能」がなければ、「99%の努力」が成立しないように思う。
これは、確かな実感。



子供たちのお母さんたちに、「事故が起こらないように、最善をつくすけれど、とっさのときの判断は任せてね。」とお願いした。
お母さん達は、全員、快くOK!してくださった。
もし、事故が起こっていれば、学校で次男の居場所がなくなると覚悟を決めて実行していた。
私はそれほどに必死だった。


私が子供たちを引率するときに、事故がなくてよかった。



最善を尽くしても、「事故が起こる可能性は0%ではない」と思っていたが、どうしても、試してみたかった。
賭けてみたかった数年間だった。

「次男くんといると楽しい!次男くんと同じクラスになってよかった!」と毎年の同級生達に思ってほしかった。
親の介入が許されるのは、小学校の間だけと思っていたので、小学生の間に全力を尽くしたかった。


私が子供たちを引率するときに、事故がなくてよかった。



我々には、神仏の加護があったのかもしれない。
この少年サッカーチームには、それがなかったのだろうか。


違いはそれだけだろうか。


いや、あの当時、私たちの周りにいてくれた人達が素晴らしかったのだと思う。
可愛い子達ばっかりだった。
素敵なお兄さん達、お姉さん達ばっかりだった。
同級生のお母さん達にも優しくしていただいた。

なによりも、「おお!やろう!やろう!」と言ってくれる盟友達がいた。
この時(子ども達が小学生の間)を逃がすな!と想いを同じにしてくれる人達がいた。
ありがたかった。
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Re:ニュースより-バス運転の引率者に有罪(03/12)

 ちょうど、秋にやってたドラマ「ジャッジ」というのを昨日見たところです。それは、小学校の中で、テニスの審判台に乗って無理な行動を小さな子がしたために、台がひっくり返って大怪我をした。その事故は予見できたものか、またその台を設置した教育委員会、市に責任はあるかどうかを問う という回でした。
似てる状況でしょ?でも、ドラマでしたけど。
それは、市には、責任がない。

もし、そういう事を言ってると学校はみんなに開放されなくなってしまって、子供達は学校で遊ばずに余計に危険な道路などで遊ぶことになるという事が追記のようにされてたの。上手く説明できなくてすみません。
 危険って100パーセント回避できないですよね。

特に小さな子どもは。何だか、最近、あまりに訴訟にまで発展するケースが多すぎて、ちょっと心配になります。

Re[1]:ニュースより-バス運転の引率者に有罪(03/12)

ジェウニーさん

> 危険って100パーセント回避できないですよね。

家族で出かけても、事故は起こりますよね。

>特に小さな子どもは。何だか、最近、あまりに訴訟にまで発展するケースが多すぎて、ちょっと心配になります。
-----
ちょっと、ヘンに思えます。
亡くなった子は可哀そうですが。
子を亡くした親も可哀そうですが。
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Protea Mama

Author:Protea Mama
7年余、楽天ブログを書いていました。いろいろな機能が終了になるということなので、FC2ブログに移動しました。楽天ブログには「フリーページ」があります。大変ありがたい機能ですので、楽天ブログも大事に置いておこうと思います。良かったらご覧ください。

私が「障害児の親になったのだ。」と気づいた頃は、情報を得ることが難しくて、子の将来の姿も、自分の将来の姿も想像できませんでした。どんな未来が待っているのか、不安で不安で。だれか、知らせて。だれか、見せて。。。と誰かをつかまえて訊きたかったのです。だから、今の次男の様子を書いておこうと思います。それを読んで、ガッカリする人もあるかもしれません。安心する人もあるかもしれません。ともかく、私達は今、生きています。親子無理心中事件は起こしませんでした。これからもないことを願っています。次男は、コロニーや施設ではなくて、街中で生活して、成人して、やがては老いていく初めての世代の障害者だと思います。どんな生活が有り得るのか、親亡き後の次男の生活は幸福なものになるのか。次男に親を独占されて、すね気味に大人になってしまった長男を真に解放してやることができるのか。。手探りの毎日です。

希望は強い勇気であり、新たな意志である。

すべてのことは、願うことから始まる。

我々にとって深遠なものは、逆の相の下に隠されている。生は死の下に、愛は憎しみの下に、義は罪の下に、力は弱さの下に隠されている。

いずれも、マルティン・ルター の言葉です。
私はクリスチャンではありませんが、とても良い言葉だと思います。

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